第5話 オタクにも眩しい夏が訪れる!

 翠ちゃんの写真撮影も終わり残りの1ヶ月の夏休みはゲーム作成とゲームプレイに費やされる。


 毎日アニメを見るのも慣れたものだし、朝起きてから夜寝るまでゲームしてるのも日常的な風景だった。


 両親が寝た後は少ないお小遣いで買った同人ゲームを、ムスコと一緒にプレイしている。


 クラスの男達は女の子を誘って遊園地に行ったり映画を見たりと青春を謳歌しているようだ。

 きっとこの瞬間もクラスの男女がワキャワキャ、イチャイチャ楽しんでるんだろう。


 僕には夏の眩しい青春なんて一生訪れない。陰キャキモヲタ童貞の轍が死ぬまで続く……と思っていた。そう、僕にも青春の1ページが訪れる。


(僕にもアオハルがぁぁぁ、必然的に訪れるんだぁぁぁl!!)


 翠ちゃんと7月中もLINEでやり取りしてたし、電話で練習もしていた。慣れとは本当に怖いもので、彼女の会話も当たり前にできるようになっていた。


 写真の現像と印刷も完了し、その枚数は600枚。その中から厳選した2枚を選ばなきゃならない。笑顔も真剣な顔も、突然撮った自然な顔も全てが厳選中の厳選だから僕は選ぶことができなかった。


 ちなみに僕のお気に入りは、くしゃみをする直前の口を開けた瞬間と、くしゃみを出した直後に口をとがらせてる姿だ。この写真は本人にも絶対に見られない、かわいらしさ爆発の写真だ。見つかったら消されるだろう。(僕が)


 そして僕も青春の訪れをLINEを通して告げる。


 携帯を手に取り[柊翠]を選択すると、指先が踊るようにタップしていた。


 “こんにちは、写真の印刷終わったけど、どうする? “

 “おー! 終わったのね! すぐに見たいなw“

 “いつでもでも大丈夫だよ。近くの公園で見せようか? “

 ”ありがとう! 公園もいいんだけど……演劇不安じゃない? ”

 ”そうだね。通して練習してないし、9月後半には本番だからね、ちょっと不安かな”

 ”じゃあ、学校で写真選びと劇の練習しない? お盆以外は先生いるみたいだから”

 ”学校開いてるんだ。一緒に練習できるならいいかも”

 ”じゃあ、1時半に学校に来れる? ”

 ”もちろん! 1時半時だね”


 学校一の美少女から、”2人っきりで逢おう”って誘われたんだぞ! これが同人誌なら、学校でいい雰囲気になってエッチな事しちゃうシチュエーションじゃないか! 


 なんて妄想は透き通る笑顔の前で全て浄化され、下心なんてなくなってしまうんだ。今までもエッチな妄想を膨らませはしたが、本人を目の前にすると、彼女をどれだけ素敵に見せるかを考えてしまう。


 早々に食事を済ませ、クーラーボックスにコーラとカップアイスとドライアイスを詰めていく。


 はやる気持ちが先行し、1時には学校に着いた。


 しかし僕以上に早く翠ちゃんが教室で待っていて心臓が破裂しそうになる。数日見てないだけなのに、美少女っぷりはレベルアップしている。


 彼女はもちろん制服じゃなく私服で来ていた。栗毛色の髪がなびき、異世界のエルフに謁見するような気持ちだ。大きい無地の白Tに黒の短パンとスニーカー姿は、休日のエルフが現代に異世界転生しているみたい。短パンとスニーカーなのにコスプレしてるみたいだ。耳が尖っていたら絶対に風の魔法使えるよ。


「おはよう! 新君早いね!」と片手を上げて気さくに挨拶をしてくる。

「お、おはよう、翠ちゃんの方が早いじゃないかw」


 クーラーの効いてない教室は座っているだけで汗が吹きでる。教室の窓を全開にすると暖かい教室の空気が吹き抜けて入れ替わる。


 数日会ってないだけなのにやはり緊張する。どもるわけじゃないけど、言葉が出にくい気がした。電話だと顔が見えないから当たり前に話すけど、美貌の前じゃ緊張するのは当然だ。


「写真と練習どっち先にする?」と言って僕が座る椅子を引き出してくれた。

「あ、ありがとう。練習が……不安かな」と言うと、角の折れた台本を取り出していた。何度も読み込んで紙がヨレヨレになってホチキスも緩くなっていた。

「台本がくたびれちゃったね、新しいの用意しようか?」

「ううん、これがいいの。きっと将来これを見た時に、一緒に頑張った練習を思い出すんだよw」

 なんだろう、この充実感。僕たちは本当は付き合ってるんじゃないか? って一瞬思うけど、この幸せは8月2日の今日限定だろう。


(過度な期待は持たない方がいいんだ……)


 ◇


 通しで数回の練習をしけど、お互いにセリフは完璧で、振り付けや動作の変更を話し合っていた。翠ちゃんは台本無しでも完璧で、感情豊かに表現できていた。


「セリフ忘れてないね!」と親指を立てて前に付き出す。


 僕も同じく親指を立てて「う、うん、大丈夫だと思う」と自信なさげに答える。2人だけならできているけど、壇上で完璧にできる自信はなかった。


 暑い教室で、振り付けをしながら演技をしてると全身が汗にまみれる。お互いに額から汗が流れ首筋まで流れていた。Tシャツが体に張り付いて気持ち悪い。クーラーボックスに入れたタオルを渡すと「冷たくて気持ちいいよ」と喜んでくれた。


 汗を拭く仕草が、陸上で走った後の清々しい顔を思い出させる。


「休憩にしようか」

「うん」


 クーラーボックスには冷えたコーラとアイスクリーム。彼女はフルーツと水を持って来てくれた。

「2人じゃ食べきれないねw」

「僕のは持って帰るよ。翠ちゃんのフルーツ食べたい」

 スイカとメロンが一口大に切ってあり、タッパーの周りにドライアイスが敷き詰められていた。メロンがシャーベット状になって熱い体を冷やしてくれる。


 シャクッ!

「ふめたくておいひい……これみろりちゃんが?」

「ふふw変な言葉wお母さんが用意してくれたの」と恥ずかしそうな顔を向ける。自分で用意したのは水2本だけだったらしく、僕がアイスとコーラを持ってきたのに、気が利かなくてごめんなさいと謝ってきた。

「ははwいいのいいの。いいお母さんだね」

「うん! 私以上に気が利いて、私以上に美人なお母さんなんだ」


 翠ちゃん以上に美人な人が存在することなどあり得ないと思うが、ここまで素敵な女性を産んだ人だからエルフの女王様はさぞや綺麗なんだろうと想像する。


「ねぇアイスの上にフルーツ乗せて食べようよ!」

「それいいね」と言って僕のクーラーボックスからバニラアイスを取り出す。カップを開けてメロンとスイカを乗せて少し混ぜた。一口頬張るとバニラの滑らかさと爽やかなメロンの相性が美味しい。


 校庭では陸上部の女性たちが走り込みをしていた。激しい練習というよりも体が鈍らないように、柔軟体操やフォームのチェックを行っている。


 お互いに校庭に向かいアイスを食べながら陸上の練習を眺めている。時折翠ちゃんと目が合い手を振っていた。青い瞳の奥ではもう一度陸上をやりたいと思ってるのだろうか。陸上の話になると怒りはしないけど必ず話を逸らす。


 陸上でインターハイに行ける実力がありながら、途中で止めてしまった。今も「みんなのところに行ってみれば?」と話したけど行かないみたいだ。

 

 話をはぐらかすように「新君は将来のこと考えてる?」と聞いてくる。


 僕はゲームデザイナーになるのが夢で毎日勉強している。親にねだったパソコンでゲームの言語を学び簡単なゲームは作れるようになっていた。将来の夢は本宮さんや堀内さんみたいな世界に名を知られるデザイナーも素敵だけど……


「カバーテイルって言うゲームを作ったバビーみたいになりたい。って言っても知らないよね……」


「どんな人らろ?」


 アイスを口に頬張りながら、食い気味に近づいてきた。青い瞳がキラキラして、好奇心いっぱいで聴いてくる。


「トビーは病気がちな友達のためにゲームを作ったんだ。普通のRPGは敵を倒す作品が多いけどカバーテイルは全く敵を倒さないRPGなんだよ! 凄くない? そのゲームが世界中で大ヒットして伝説的なゲームになったんだ! その発想がゲーム業界を牽引してるんだ! そんなデザイナーになりた……あぁ、なんだか僕ばっかり話しちゃって……」


 熱心に語っていると翠ちゃんは目を輝かせて聞いてくれた。


「ううん! 凄く楽しいよw新君はしっかりした夢を持ってるんだね。羨ましい……」と俯いて瞳を逸らす。泣いてる様子はないけど、顔を見せないように頭を垂らしている。


「そんなこと……翠ちゃんみたいな実力ないよ……」


 僕が憧れ、誰よりも努力している素敵な女性が、凄く寂しそうな顔をするのは本当に辛い。


「数年後には新君が作ったゲームが発売されるのね!」と空気を変えるように明るい声で話し出す。


 変えてくれた空気を壊さないように話を続ける。

「すぐにはプロデューサーにはなれないよ。ゲームを作るにはプログラム以外にも音楽も、3DCGもシナリオも企画書も作れなきゃ」


(だから普段から物語を作っているんだ。今回の演劇も指名される前から翠ちゃんが主人公で考えていたよ)


「夢があるって凄いね。誰よりも輝いてるよ! 初めは何もできない人だと思ってたけど……ごめんねw本当に素敵な人! やっぱり新君には適わないな。私は……」と言いながらまた寂しそうに遠くを見ていた。見ている先には陸上の選手たち。


 教室に流れる風とアイスクリームが、火照った体を覚ましている。彼女は、遠くを見ながら今まで封印していた過去の話を始めた。


 小さい頃からみんなに白い肌、きれいな瞳と言われて可愛がられていた。今も友達は可愛い、素敵だと言ってくれる。でもそれって見た目を褒めてるだけで、私自身を認めてくれているわけじゃない。顔の可愛さも白い肌も全て両親から受け継いだもの。


「それって私が褒められてるんじゃなくて両親が褒められてるんだよ」

「そんなことは……」


「もちろん両親から頂いた大切な体だから嫌じゃないけど、私が努力して手に入れたものじゃない。でも中学校で、体力作りに始めた陸上でね、どんどんタイムが縮まって学校で一番になった時に、私の力で1位になった!って実感したの。そして高校に入っても陸上を続けていたんだ」


 でも足を怪我して陸上を辞めてから目標を失ったらしい。翠ちゃんが陸上を止めたのは怪我して実力の半分も出せなかったから。両親から頂いたものじゃなく、自分で作った唯一の強みを失ってしまった。


 普段の真っ直ぐな明るい態度からは想像もできない。みんなに期待されて、出来て当然と思われているから、落ち込む姿を見せないようにしているんだ。


 勉強もスポーツも誰より努力しているのはみんな認めてるけど言わないんだ。あまりにも美少女すぎる顔と、白すぎる肌ばかりに焦点が合って、普段努力してることに目が行かないんだろう。


 将来の夢は分からない。スポーツに関する事を仕事に出来ればと考えているらしい。でもなんとなく考えているだけで、実際の行動を起こしてはいない。


「私は大学を卒業したら両親の選んだ相手とお見合いして結婚する人生なのよ。だから夢とか将来の希望はいらないの」と言ったけど、無理に笑顔を作って寂しそうだ。


「そんな事言わないでよ。翠ちゃんは僕の憧れの人だから……」


「え?」


「え! いや……だって……凄く努力してるし……台本だってあんなにボロボロになるまで読み込んで。僕も見た目で憧れてたけど、それ以上に頑張ってる姿は本当に凄いよ」


「ふふwありがと……でも新君には敵わないよ……」


 そう言うと僕の肩にもたれかかってきた。(え、僕の肩に寄りかかってる……)左肩に全神経が集中している。肩にかかる栗毛色の髪がシャンプーの香りを運んできた。


 僕に敵わなって言ったけど、彼女こそ僕のずっと遠くにいる、手の届かない素敵な女性なんだ。どんな形でも支えられれば本当に嬉しいんだ。


「ねぇ、私……」


「うん、何?」


 肩に乗っていた頭が少し浮いたが、また体重をかけてくる。何か言おうとしたのかは全くわからなかったけど、この時間を大切にしたい。


「ううん、なんでもない。もう少し寄りかかってていい?」


「いいよ、僕なんかでよければ」


「“なんか“じゃないよ。新君がいいの」


「……」



 ◇



 空がブルーからオレンジに変わりつつあり夜の訪れを告げている。カラスが鳴いて僕の青春の1ページが終わりを告げていた。2人でいる時間の速さを悔しがりながら雲のかかった空を見ていた。


 外からは女の子達の声が聞こえてくる。陸上の練習が終わってくつろいでいた。


(僕に寄りかかりたいならずっと寄りかかって良いからね。ずっとずっと支え続けるから)


 僕は勇気を出して右手で頭を撫でる。嫌がるそぶりもなくそのまま寄りかかっていた。真っ直ぐでサラサラな髪の毛はツヤツヤして触り心地が良かった。そして「ありがとう」と言った。


「僕に出来ることなんて少ないから」


「……寄りかかるだけで、すごく支えになるよ」


 ここで告白したら付き合えるのだろうか……いやそんな下心を出しちゃいけない。今は横にいて寄りかかっているけど、今だけなんだ。僕には手の届かない人。肩の感触だけは一生忘れない様にしよう。


 ゴトッ……


 遠くで物音が聞こえる。2人だけの時間が中断され緊張が走る。先生なら一声かけるだろうし、陸上部の子達はまだ校庭で休んでいる。教室を使っている生徒もいないはずだから物音がするはずがなかった。


「やだ、お化け?」


「お化けが出るにはまだ明るいよ……」


 2人で音の出た廊下に足音を立てずに忍び寄っていく……

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