第4話 オタクが美少女に提案!
あれから1か月。
ほぼ毎日、放課後に残ってシナリオの訂正や時間配分を考えて完成状態に近づいた。クラスのみんなは劇に出るのを嫌がったけど、緑ちゃんがお願いしたら断られることはなかった。劇に出ない友達も、会場の演出や席の配置や誘導。チケットの受け渡しなどで全員の仕事が決まった。
練習の時は他の生徒と合わせて演技していたけど、今日は2人っきりで打ち合わせ。今回は劇以外の案を考えてきた。翠ちゃんが嫌がることかもしれないけど、きっと驚くだろう。
「翠ちゃん、2つ考えたことがあるんだけど、聴いてもらえるかな」
「ん? 何? 今度はどれだけすご──ーい案を出してくれるのかな?」と両手で大きな円を描いている。
「そんなプレッシャーかけないでよw」
目を見ることが自然と身についていた。もちろん目を見るとドキドキするけど、今までみたいに罪悪感を感じることはなくなって、自分の意見を言わなきゃって気持ちになっていた。
(僕も成長してる。のかな……)
毎年、演劇の予算は前年の売り上げから出た利益のみを引き継いでいく。クラスのみんなと両親や他校の生徒が食事をしたり劇を観たりとお金を払っている。
演劇で出た利益の最高金額は5万6千円。屋台の利益は13万円らしい。今まで以上にお客さんの数を増やす計画と、これから先も超えられない程の売り上げを上げれば、大学や就職するときのアピールになると話した。
「確かにそうね……」と顎に指を当てて考えていた。
「でも、中途半端な利益じゃアピールできないと思うんだ。だから計画と目標を立てるんだ」
僕が考えた計画は、衣装代には全くお金を掛けず、予算のほとんどをチラシと物販に回すことだった。どんなに素晴らしい演技を見せても、たくさんの人に見て貰わなきゃならない。今までの演劇は教室で行っていたけど、椅子をたくさん置いて40人。立ち見を入れても最大70人程度。だから視聴覚室とか音楽室を借りて入場者を増やしたい。チラシを事前に配布してたくさんの人に来てもらいたい。
「今までは身内しか見に来なかったんだ。文化祭に来た学生は、劇をやってても見る事はないんだ。つまらなそうって。でも他校の生徒にどんな劇をやるのか、”誰”が出るのかをアピールできればお客さんが入ると思う。そのアピール用にチラシを刷ろうとおもって。そのチラシに翠ちゃんの写真を載せたいんだ」
珍しく困った顔をむけて「えぇ〜私の写真載せるの〜恥ずかしいよ」と両手を振って拒否してきた。
翠ちゃんの美貌は市内の高校で知らない人はいない。見たことの無い制服が校門前に待ち伏せしてることも多い。緑ちゃんからその人たちにチラシを渡せば絶対に来てくれるだろうし。
(少し考えさせてほしいと言ったけど、次にお願いすることは、もっと嫌に感じるはずだ……)
「それと、物販も考えたんだけど……」
物販と言っても「写真」を販売するだけ。その写真は翠ちゃんの制服姿2枚。1枚は普段の制服で、もう1枚は男子の制服を着た写真。翠ちゃんに憧れている生徒は必ず買うだろう。携帯のカメラで隠し撮りしたような写真じゃなく、現像して印刷されたコピー出来ない”物”として持てることが重要なんだ。
「え! 写真! それは絶対に無理〜」と梅干しを食べた様な、しわくちゃな顔を見せた。
(困った顔も可愛い……)
屋台の利益が出る理由は、客数に対しての販売数が圧倒的に多いからなんだ。ヤキソバは作る手間が少ないし作り置きができる。コーラはペットボトルからカップに移すだけで数百円の利益が出るんだ。だから毎年2年生の予算は毎年増つづけている。
でも演劇は客数に対しての販売数が少ない。1回だけの演技で教室いっぱいでも100人に満たない。
だから見てくれる客数と、プラス写真の販売ができれば、今までの最高益を抜かして、今後も抜かれないような売り上げが出ると思う。
「そうね、確かに……」
(まだ困った顔をしてる。やっぱり無理かな……)
「僕が考えた客数は、演劇で200人と写真が500枚全部売れたら35万円になるよ」
「35万円!! そんなに!」とあまりにも多い金額に驚いていた。
「だから翠ちゃんにはチラシと写真の両方をお願いしたい」と目を見つめて真剣に話した。
この売り上げを出すには彼女人気を最大限活かす必要がある。彼女の人気なしでは絶対にできない計画だ。
この1ヶ月、毎日のように近くで話すことで、新の”どもり”もなくなり、目をみて話せるようになっていた。それだけじゃなく、自分の意見も言えるように成長している。
少し考えていたけど、僕の顔を見て笑顔を見せた。
「うん! わかった! お願いされちゃう!」
ガッツポーズで受け入れてくれたけど、本当は嫌なんだろう。人前に立つこと避けているように見える。
そしてカバンから1枚の紙を取りだす。実は仮のチラシが作ってあって、OKをもらうだけだった。チラシは学園祭の日付。演劇の演目。出演者の名前。その中心には翠ちゃんが陸上で走っている姿だった。
「この写真って……」
「1年前の体育祭……その時僕はカメラ担当だったんだ」
そう、僕は写真担当で陸上は出ていなかった。それでも競技してる生徒を撮るために校庭中を走り回ってたけど。最後の競技、1,500m走の翠ちゃん1人だけの写真を撮ることもできた。
コーナーのカーブを全速力で走る姿。2位と数十メートル引き離しぶっちぎりトップを独走している。真剣な眼差しでゴールに向かっていた。白く細い締まった手を大きく振り、太ももが短パンで肌を露出した足は強く地面を蹴っていた。この時の走る姿は心の中に鮮烈に残っている。体が宙に浮いて飛んでいるみたいだった。(この時初めてエルフに見えたんだ)
「この写真、新君が持ってるの?」
「あ! う、うん……その写真だけ貰ったんだ……勝手に……だけど……」
翠ちゃんは困ったような顔で俯いていた。なんでこんなに嫌がるかはわからないけど、何か理由があるのだろうか。
まだチラシが決まったわけじゃない。文化祭の写真が走ってる姿なのはおかしいと思ってる。でも走る姿が本当に美しかったからチラシに載せてみたんだ。
「仮の写真だから変える予定だよ。制服の写真で演技してるところにする予定だから」
「ふーん、私の写真を持ってたんだ」と笑わずに僕を見つめる。
まずい、嫌われたのかな。写真を載せたことよりも、僕が写真を”持っていたこと”に怒ってるみたいだ。
「あ、いや、美しくて……輝いてたから……」
チラシを見ていた顔が僕に向き、目と目が合った。
「この写真って学校のデータに残ってるの?」
「……いや、ない……よ」と言葉に詰まったけど目を逸らさずに話した。
この写真は学校のPCに移すとき、僕が持っていたUSBに”移動”した。僕”だけ”が持っている写真だった。
「じゃぁいいよ。新君が持ってて!」と笑顔に変わる。
「え! いいの!」
意味が分からず戸惑ったけど、僕のだけの写真になった。
「その代わり誰にも見せないでね……」とちょっと寂しそうな顔になる。
陸上を辞めた理由は聞いてないけど、2年の春で突然辞めてしまった。その後の体育祭以降は翠ちゃんの全力疾走を見ていない。
体育の時も走ってるけどペースを合わせてるし、1位になることはなくなった。
(理由聞きたいけど……言いたくないんだろうな)
「じゃぁチラシと写真は決定ね!」
「うん!」
写真撮影は生徒がいる時に撮りたくないと言って夏休みに学校で撮る約束をした。来週から夏休みに入る。写真を撮るのは楽しみだけど、毎日のように顔を見ながら演技の練習をできなくなることがすごく寂しかった。
遠くから憧れているだけの気持ちが、少しずつ恋する気持ちに変わっている。放課後を迎えるドキドキ感が心を高揚させ、終わった時の寂しさが僕を苦しくさせる。僕も自分の気持ちを自覚してるけど、叶わない恋だともわかってる。
だから夏休みが終わって文化祭までの一ヶ月は全力で応援していきたい。
高校生活で1番輝く彼女を演出したいんだ。
彼女にとって一生の思い出、忘れられない楽しい高校生活にしてあげたい。
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