第3話 美少女と陰キャが近づきすぎ!
次の日の朝
朝まで続いた台本作成が祟り、母親と言う最後の目覚ましが眠気を残したまま起こしてくれる。流れで着替えて、流されるように登校したから登校途中の記憶は全くない。
校門を過ぎると生徒の数は疎らで、鐘の音を待つばかり。
(良かった……授業には間に合った)
眠い目を擦りながら教室に入ると鐘が鳴り、授業の開始を伝える。
先生が来てない事を確認した翠ちゃんは、席を立ち眼の前に来た。
「新君! おはよう!」
静かな教室に翠ちゃんの声が響き渡る。
「み、翠……ちゃん! お、おはよう……」
新君翠ちゃんと呼びあった瞬間に周りの生徒の視線が刺さる。
今まで全く会話がなかった2人が、名前で呼び合っていることの違和感と、言葉を発することの少ない新が、仲良く挨拶をしてる驚きで教室がざわついている。
「ねぇ台本作ってきたの?」と言って前屈みになって顔を近づける。
目を合わせることに罪悪感を感じながら、できるだけ目を見て返事をする。
「あ、うん……」
「さすがぁ! じゃぁ放課後よろしくね!」すぐさま席に戻り、僕に振り向き、瞳が見えなくなるほどの笑顔を向けた。
「う、うん……よ、よろしく」
あいつ今日も2人っきりかよ……
羨ましすぎる!
俺も参加すれば良かった……
ざわざわと男子たちの嫉妬が渦巻いている。
(こんなに幸せでいいのだろうか。劇が終わったら「お前には分不相応だ!」と言って死神が俺を殺しにくるのかも……)
休憩中や食事中に翠が目配せしてきたが、取り巻きが多くて話すことはなかった。
眠さが授業の内容をふっ飛ばし、気付いたら放課後が訪れる。
先程までの眠気が、放課後に近づく頃にはなくなり、頭はフル回転できるようになっていた。
(翠ちゃん効果かな……眠くない)
クラスの生徒たちは、座ったままの僕と翠ちゃんを目で追いながら教室を抜けていく。全員がいなくなる直前、翠ちゃんは怒ったような顔で僕に近づき目の前に仁王立ちしていた。
(何で怒ってるんだ? 僕悪いことしたかな……)
「新君! 昨日ちゃんと寝た? 授業中ウトウトしてたでしょ」
実際その通りで、夜中までシナリオを考え、その後もプロットを書き直して明るくなるころに寝付いたんだ。翠ちゃんに見せる台本だから絶対に失敗したくなかった。
「あ、朝まで作ってたから……」
「朝まで〜! そんなんじゃ劇よりも成績が落ちちゃうわ! 無理して作っちゃだめ!」と腰に手を当てて怒っていた。
僕の心配してくれるとは全く思わず、唖然としてしまう。
「あ、うん、ごめん……」と机に叩きつけるほど頭を下げる。
「ふふwいいのよ。でも、ありがとうw本気で作ってくれたんだね、嬉しいw」と言いながら隣の席に座った。
満面の笑みを僕に”だけ”見せてると思うと、それだけで昇天しそうになる。
「あ、作った台本だすね……」
カバンから2冊のファイルを取り出し1冊を渡した。A4用紙数十枚がホチキスで止めてあり、1冊の本に仕上がっていた。
「一晩でこれ一冊作ったの!」とページをめくりながら驚いている。
「うん……」
「本当にありがとう……ちょっと感動しちゃった」
(喜んでくれてる……良かった)
「じ、じゃあ見て……」
ページをめくりながら、僕と台本を交互に見ている。
僕が考えたシナリオは、ロミオとジュリエットと、美女と野獣のエッセンスを盛り込んだ恋愛物語だ。
彼女は大きな会社のお嬢様で名前はジュリ。僕はネクラのオタクでクラスの隅っこに居る。名前はロミオ。
「それって、今の私と新君?」と指差しながら確認していた。
「……うん……その方が自然に演技できるし、見た人を引き込めるかと思って」
ロミオはジュリに憧れていたが、手の届かない女性。回りにはイケメンで金持ちやスポーツも学業もトップクラスの男たちに囲まれている。ジュリは僕の存在すら知らなかった。
「ふふw私は新君のこと入学の時から知ってるわよw」
そう言われると僕の顔は赤面して汗が吹き出す。
「え! え……あ」
でも翠ちゃんは何で汗をかいたかは理解してないようだ。少し時間をおいて、落ち着いてから続きの説明を始める。
普段のジュリは車で送迎されていたが、珍しく徒歩で学校に来る。そこを狙った誘拐犯がジュリを見つけて連れ去ろうとした。そこにたまたま僕は居合わせる。
気づいた僕は誘拐犯に殴りかかりジュリを逃す。僕は怪我を負って病院に運ばれる。切り傷を数針縫うケガと全身の打撲で数日休んでいた。
「これなら、一目惚れする理由になるかなって……」
指を絡め腕をクネクネさせながら「身を挺して女性を守る男! 確かに憧れるわね!」と女性らしく動いている。
(普段の翠ちゃんと違う人みたい)
助けてくれた僕に一目ぼれして付き合うことに。しかし、それをよく思ってない男達がいた。身分も立場も全く違う2人。特にジュリの許嫁のガスは「俺の許嫁なのに仲良くするとは許さない!」と妨害交錯を仕掛けるけど全く効果がなかった。別れるどころか2人がもっと親密な関係になっていく。
「ガスって美女と野獣のガストン?」
「うん……ロミオとジュリエットだと……名前が付けにくかったから……」
そしてガスがロミオに決闘を申し込む。
「「俺に負けたらジュリと別れるんだ!」って、セリフは佐藤君かなぁ」
圧倒的な力で殴られ押し潰される。ロミオの攻撃は全く当たらず、立つことすらやっと。それでもロミオは立ち上がる。ジュリと添い遂げたい一心でフラフラと立ち上がる。
「「決闘なんて止めて! ロミオが死んじゃう!」ってセリフを言うのねw」
僕を不敵な笑みで見つめてきた。凄く楽しそうにもう一度セリフを言っていた。
顔が赤くなった僕は「あ、うん……ジュリの決め台詞……」と言いながら目を逸らす。
力の差が大きくロミオは倒れ失神してガスが勝利した。
「そしてジュリが家に軟禁状態になるんだけど……」
「うん、うん!」
しかしロミオと別れたくない思いで、お腹に子供がいると嘘をつく。
ガスは激高し婚約破棄。ジュリは両親から家を追放される。重傷を負ったロミオを看病し、元気になったロミオと幸せな生活を手に入れる。
「こんな物語でどう……かな? 制服も使えるし。……感情移入しやすい……かなって……」
翠の唖然とした顔が笑顔に変わる。
「凄い! 本当に凄いよ! 新君って才能ある!」
そう言いながら僕の手を取り大きく振って喜んでくれた。栗毛色の髪が大きく揺れて全身で喜びを表現している。
(こんなにも喜んでくれるなんて……頑張って良かった……)
僕の心臓がギュッと締め付けられる。今までは翠ちゃんに対して、二次元美少女キャラを見るような憧れだった。可愛いけど絶対に届かない。触れたいけど画面の中にいる様な存在だった。
でも、目の前にいる実在の美少女にドキドキしている。
(これは恋じゃない。ただの憧れだ。僕が会話が苦手だからドキドキしてるだけだ……)
全身が爆発しそうな気持を抑え、翠ちゃんに手伝ってほしいことを伝える。夜中に書いた台本だから、誤字も脱字も多いし、ストーリーや会話の流れが上手くいってない気がする。だから客観的視点で、忌憚なく追加変更をして欲しいと伝えた。
「うん! 分かったわ! 私も新君の力になりたい!」と台本を胸に抱え、揺れながら喜んでいた。
(違うよ、僕が翠ちゃんの力になるんだよ)
「ありがとう……」
好奇心いっぱいの顔で僕に詰め寄る。
「新君は何でこんなストーリー考えられるの?」
いつもゲーム作成をしていて、企画書とかキャラクターを作っているからいつも通り作っただけだよと、謙遜しながら説明した。
僕の意外な行動に驚きと感動を覚えらしく、ずっと僕を褒めてくれていた。
大筋のストーリーが出来たから、後は演者を選定と、裏方の仕事を決めるだけだ。選択権は僕達にある。翠ちゃんから指名すれば断る生徒はいないはず。学校に来た時に詳細を詰めていけば問題ないだろう。
「あ! 連絡先教えて! 休みの日もいい案出たら教え合おうよw」
「あ、う……え?」
まさか翠ちゃんから連絡先の交換をお願いされるとは思わず、どもってしまう。そんな姿を見ても僕の性格を理解してきたのか何も言わずに携帯を差し出した。
「じゃぁ、電話とLINEね!」
画面には二次元バーコードが表示されていて、カメラでスキャンすれば友達になるんだ。
冗談じゃないかと思って、見つめながら「僕と……いいの?」と言うと「だめ?」と首を傾げて寂しそうな顔を向けた。
(可愛すぎる……首傾げただけなのに破壊力が強すぎるよ……)
ダメなわけが無い。僕の住所録に”柊翠”と言う項目が追加されるだけで世の中の幸せを独り占めできる気持ちになる。
震える手でカメラを起動し携帯を重ねる。
ピロッ!
[友達登録しますか? ]
しますか? 携帯に言われても、しない選択はないだろう。本当に登録しちゃうんだ。今まではただのクラスメイト。近くに座った遠い存在の女性。ほとんど話したこともなかった。それがいきなり友達にランクアップするんだ。
「ふふw新君だけだよw私のLINE知ってる男子はw」
ドキッ!
「え……え? ……えぇぇぇぇぇぇ!!」
(今僕は異世界に転生してるのか? それともマルチバースで同じ自分を演じてるのか?)
その言葉だけで今すぐ死ねる! と思っても本当に死ぬわけじゃないが、心の絶頂ってあるんだ! 翠ちゃんの言葉に心が追いついていない。
フルマラソンをした直後のように心臓が躍っていた。マラソンしたことないけど。
翠ちゃんは僕が思った以上に前向きで話やすく、緊張している僕の心を溶かしてくれる。
手の届かない人だってわかってる。どんなに好きになっても、不釣り合いだって事も重々理解してる。
でも演劇のが終わるまでは誰よりも近くにいる存在なんだ。だから短い時間を楽しもう。演劇の主役を楽しんでもらおう! そのため”だけ”に頑張るよ。
我が一生に一片の悔いなし!
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