第2話 オタクで陰キャが美少女と2人っきり!
僕は一人教室に残っている。
さっきまでは狭い空間のたくさんの友達が鮨詰めになっていた。誰もいない教室は人の圧迫感も、心の壁もない平和な空間だった。
(はぁ、視線がなくて安心できる……)
柊さんは生徒会室に行って予算票を取りに行った。このまま一生教室に戻ってこないとも限らない。
(だって僕と2人でいるのは苦痛だろうから)
予算は去年の3年生の売り上げが、そのまま引き継がれるはず。
しかし、学校の演劇なんて満員でも100人に満たないだろう。1人500円でも5万円か……
最高額が5万円だとしても衣装のレンタル代にしかならない。
(だったら衣装代が掛からない劇を考えなきゃ)
自然と劇のプローデュースを考え始めていた。劇の内容から全体の状況まで作り込むのは、普段からゲーム作成の仕様書を考えてるからかもしれない。
(じゃあ、現代劇で高校生役がいいのか……)
力無い足音が教室に近づいてくる。柊さんは落ち込んだ顔で教室に戻ってきた。きっと予算が少なかったのだろう。案の定、たったの3万円しかない。去年の売り上げは身内しか来なかったのだろう。
この金額で衣装からチケットの印刷代まで賄わなきゃならない。
「それより! 橋田君! 何で言い返さなかったの? 主役やるの嫌なんでしょ?」と圧を掛けながら僕に顔を近づけてきた。
圧迫感と美貌に押しつぶされそうになりながら言った「でも……うん……やりたく……なかったけど……」
(心では大声でやりたくないと言ってるけど、喉を通らないんだよ)
「けど?」
「あ……うん」
何も言い返せず、しどろもどろの僕を見てため息をついている。きっと優柔不断な僕に愛想を尽かしてるんだろう。
反論したい気持ちはあるけど、どうしても躊躇してしまう。
「まぁいいわ。お互い頑張りましょう!」
柊さんから目を見て話してと言われる。
「あ、うん……」
見つめながら話すなんて出来ないよ。ブサイク顔の男ならまだしも、青い瞳を見つめ続けたら絶対に石化する。
(僕を見るの嫌じゃないのかな……)
「あ……ごめん……」と目を逸らしたり合わせたりと挙動不審な動きをしていた。この行動が周りの人ををイラつかせ怒らせる。だから人と話すのがどんどん苦手になる。
(画面越しのヒロインなら見つめられても平気だけど、リアルな人に見つめられるとなんで緊張するんだ)
「謝らなくていいの」と手をフリフリしながら笑顔を見せる。
柊さんの顔が手の届くところにある。北欧の血の入った、白い肌。真っ白なのに透明感がある。口の下の小さなほくろが大人びた雰囲気を出していた。
「いや、緊張して……」
(僕も話したいんだよ。でも思っていても出てこないんだ)
「そっか、緊張かぁ。そういう人もいるんだね…… 分かった、できるだけ私から話すわ」
卑屈な僕に対しても優しく接してくれる。今まで話した女子たちは気持ち悪いとハエでもはらうようにしてたのに。
(優しすぎて死にそうだ……)
柊さんが、ベタだがロミオとジュリエットを提案してきた。誰もが知ってる物語だけど実際の内容は知らない。2人の演技がほとんどを占めるし、装飾に拘らなければ予算内で済むかもしれない。
「ぼ、僕の意見聞いてもらっていいかな……」と一瞬目を見て話し始める。
「いいわよw」
(ここで僕の意見を言わなきゃ。ここまでいい雰囲気を作ってくれたんだから……)
「ロミオとジュリエットなら……現代風にアレンジしたらどうだろう……」
古い雰囲気を出すために衣装を借りるとお金が掛かり過ぎる。だから現代劇にすれば私服と制服が使える。と言うと、柊さんは驚いた顔をしてこっちを見ている。
「確かにそれはありね!」と人差し指を上げていた。
「……でしょ……」
賛同してくれた事に喜びを感じている。僕が意見をすること自体が意外だったのかもしれない。
「後はなにかある?」とさらに顔を近づけて僕の話しを聴こうとした。まつ毛1本1本が見える距離で、瞳に僕が映っていた。
(近い、近いよ……)
今思いついた所だから細かいストーリーは考えてないけど、ラブストーリーなら作れそうだ。
「……柊……さん、もう少し時間……貰えるかな……思いつく限り考えてくる……よ」と目を逸らし、顔のギリギリ横に見える窓を見ていた。
(顔が近すぎる! 近すぎて目を見て話すなんで出来ないよ!)
嬉しそうな顔で僕を見ると、「頼りになる!」と言って褒めてくれた。親と先生以外に褒められたのはじめてかも。
それと、“柊さん“って呼ぶんじゃなくて“翠“って呼んでほしいと言われる。
「それと、”橋田君”じゃなくて新君って呼んでいい?」
(なんだ? 青春漫画の主人公の気持ちになるんだが?)なんて妄想をするが、陰キャオタクの僕が話しやすくするためだろう。シナリオを考えるのに明日まで時間が欲しいと伝えると快く返事をくれた。
「うん! 分かった! 新君よろしく」と言って右手を僕の目の前に差しだす。
手を出そうか迷っていると、無理やり引っ張って両手で握ってくる。
(こんな素敵な手を毎日握れたらどんなに幸せだろうか)
ぎゅっと握ると「新君も翠ちゃんって呼んで!」
いきなりハンマーで殴られる。
言葉にもつれ「み、み……翠ちゃん……あ、ごめん……」と握ったままの手を素早く引っ込めた。
(手汗嫌じゃなかったかな……)
「ふふw謝らないで。新君は今のままでいいと思うよ! 佐藤君と飯島君だったら私絶対にヒロインなんてやらないから!」
あの2人は翠ちゃんと付き合うことをステータスだと思ってるらしい。見た目や学力でしか見ないし、下心が丸見えだと言った。
「それに、あの2人と一緒にいたら、また告白されて気まずくなるしね」
確かに2人でいる時間が長いから、ずっと意識したまま演技しなきゃならないし、振ったから余計に気を使ってしまうだろう。
「でも新くんなら安心だわ、秋の文化祭までよろしくね!」と言って席を立ち廊下に向かう。
(安心か。確かに何も出来ないからな……)
「うん……よろしく」
何度も振り返りながら手を振って帰っていく。
「じゃあまた明日!」
「うん……明日……」
天国のような時間が過ぎ去り、1人だけ教室に取り残される。
「幸せ……だった……」
さっき1人の時は安心感を感じたのに、今は空虚な気持ちになっている。これは恋なんかじゃない。慣れない会話をしていたからだ。
翠ちゃんの態度がみんなで教室にいる時と違ってた気がする。少し明るく、心を開いているように見えた。
(僕が話せないから無理して話してたのかな。それとも下心を感じないからかな。いつもみんなに囲まれて、抑えていた自分を開放したのか)
席を立ちながら廊下に出ると、翠ちゃんはいなかった。
(囚われのエルフ……可愛い……)
どちらにしても僕の前で明るく振舞ってるのは凄く嬉しい。
2人っきりの時間があと4ヵ月……
僕の人生最高の4ヵ月間になるだろう。一生の運を使い切る気持ちで、本気で取り組む決意をしていた。
「が、頑張ろう……」
明日までに読める状態のプロットと概要を作らなきゃならない。RPGに比べれば一瞬を書くだけだからすぐ終わるはず。早く終われば全体の流れのシナリオを作ってしまおう。
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