第20話 安心
「はあ……どうしたら良いかな……」
ある日の放課後、私は音楽室にあるピアノの前で小さくため息をついていた。ため息の理由は簡単。ここ最近、たった一人の後輩君の様子がおかしいから。
と言っても、練習には真剣に取り組み、話をしている時はいつものように朗らかな笑顔を見せてくれるけれど、時々遠くを見つめるようにボーッとしていたり、何かを考えていると思ったら突然顔を真っ赤にしながら何かを頭の中から追い払うようにブンブンと振ったりしており、彼に何かがあったのは明らかだった。
「……もしかして、誰かに恋でもしてるのかな?」
そう口にした瞬間、突然胸がチクリと痛み、その事に驚いている内に私の視界が少しずつぼやけだし、頬に冷たい物が伝った。
「あ、あれ……どうして……?」
どうしてと口にはしたが、何故こうなったのかはわかっていた。そう、私は彼が誰かに恋してると知り、ショックを受けているのだ。
「……そっか。私……彼の事をいつの間にか好きになっていたんだね」
いつからそんな想いを抱いていたのかはわからない。けれど、彼と一緒に部活動をするのは楽しかったし、彼の笑顔は去年までいた先輩達が引退した事で、孤独を感じていた私の心を癒して安心を感じさせてくれていたのはたしかだった。言ってみれば、彼の存在はいつしか私の支えになっていたのだ。
「……でも、今更遅いよね……。いま私がこの気持ちを伝えたところで彼にとってはきっと迷惑になるから……」
涙をぽろぽろと流しながら後悔をしていたその時、「それはどうでしょうか?」という声が聞こえ、私はそちらに視線を向けた。すると、そこには見知らぬ女子生徒の姿があった。
「……あなたは?」
「私はあなたが想いを寄せる相手のクラスメートです」
「……彼、の……?」
「はい。先日、彼がピアノを弾いている時に偶然立ち寄り、少し話をした程度の仲ですけどね」
「……その話って……?」
その子は優しい笑みを浮かべる。
「あなたの話ですよ。彼はあなたに恋心を抱いていますが、自分から伝えられずにいました。なので、僭越ながらアドバイスをさせて頂いたんです」
「そうだったんだ……でも、どうして私が彼の事を好きだと……?」
「……秘密です。それより、早く彼に想いを伝えてきた方が良いですよ。彼ならまだ教室にいるようですから」
「わ、わかった……えっと、初対面なのに色々ありがとうね」
「いえいえ。では、私はこれで。吉報を期待していますよ」
そう言うと、その子はクスリと笑ってからその場を立ち去り、私一人だけが残された。
「……不思議な子だったなぁ──っと、そんな事言ってる場合じゃない。早く彼のところに行かないと……!」
そして、私は椅子から立ち上がると、彼に想いを伝えるべく彼の教室へと急いで向かった。
「……行きましたか」
彼女が音楽室を出ていった後、私は自分に掛けていた不可視の魔法を解き、音楽室の中へと入った。そして、彼女が先程まで座っていた椅子に座り、彼らが告白をし合っている様子を頭に浮かべながらクスリと笑った。
「まったく……やはり、人間とはどこか面倒な生き物ですよね。しかし……まさか彼に私に対しての『
神様の姿を思い浮かべながら小さくため息をついていたその時、彼らがこちらに向かって歩いてくる気配を感じた。
「……さて、そろそろ行きましょうか。私にはまだやらないといけない事がありますから」
そして私は、彼らのこれからの幸せを祈りながら転移の魔法を唱え、その場を後にした。
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