第21話 好意

「ふぅ……これで一段落ね」



 ある日の放課後、私以外に誰もいない職員室で私は仕事が一段落した安心感から一人小さく息をついた。そして、外から聞こえてくる運動部の元気な声にクスリと笑っていた時、ふと私が顧問をしている音楽部の二人の事が頭に浮かんだ。



「……それにしても、あの子達もついに恋人同士か。まあ、顧問としては節度のある付き合いをしてくれれば問題ないけど、あの子達のラブラブな様子を見てると、自分が未だ独り身なのが少し悲しくなってくるわね……」



 恋愛に興味が無いわけではないけど、この人なら思えるような相手には今まで出会えなかった。単に縁が無かっただけとも言えるけど、仕事などを理由にして行動をしてこなかったのも理由かもしれない。



「……そう考えたら自業自得、か。はあ……どこかに良い人いないかしら……」



 ため息混じりにそんな事を言っていたその時、ガラガラっという音を立てて職員室のドアが開き、一人の先生が職員室の中に入ってきた。



「おや、お疲れ様です」

「あ、お疲れ様です。どうかしたんですか?」

「いえ、ちょっと俺のクラスの生徒からプリントを一枚無くしてしまったのでもう一枚欲しいと言われたのでそれを取りに来たんです」

「なるほど。ところで、どうですか? サッカー部の方は」

「いつも通り、ですね。部員とマネージャーの仲も良好ですし、レギュラー選手の調子も上々。これなら、次の大会も大丈夫そうです」

「そうですか」

「音楽部はどうです?」

「うちは……良好どころかラブラブというか……」


 先生は察した様子で驚く。



「え、もしかして……」

「はい。実はお互いに好き同士だったみたいで、昼休みに偶然音楽室に立ち寄ってみたらお弁当を食べさせ合っている二人に遭遇して……話を聞いてみたら、付き合い始めたそうなんです」

「そうなんですね。まあ、教師からすれば節度のある付き合いさえしてくれれば問題はありませんからね。二人のこれからが幸せな物である事を祈りましょうか」

「……そうですね」



 クスリと笑いながら答えていたその時、相手の先生は頬を赤くしながら軽く咳払いをしてから再び口を開いた。



「ところで、先生。不躾な質問かもしれないんですが、先生には恋人などはいらっしゃいますか?」

「恋人ですか? 生憎いないです。恋愛に興味が無いわけではないんですが、今までこの人ならと思える人には出会えなくてずっと独り身ですよ」

「そ、そうですか……」

「先生こそ彼女さんくらいいらっしゃるんじゃないですか?」

「俺もいないですよ。まあ、好きな人はいますけど……その人に告白する勇気が中々出なくて……」

「あ、そうなんですか? でも、先生はいつも真面目ですし、顔も体格も男性的で素敵だと思いますから、きっとその人も告白されたら嬉しいはずですよ」

「あ、ありがとうございます……」



 先生がとても照れた様子で答えるのに対して微笑んだ後、私は音楽部の様子を見に行くべく席を立った。



「それでは、私は──」

「あ、あの……先生」

「はい、何ですか?」

「……もし、俺の好きな相手が先生だと言ったら……どうします?」

「……え?」



 そのあまりに突然の言葉に私が戸惑っていると、先生は情熱的な視線を向けながら私の手を取った。



「……俺は前からあなたの事が好きでした。でも、中々それを言う勇気が出なくて、ずっと心の奥深くに押し込めてきたんです」

「せ、先生……」

「先生。もし、先生さえよければ俺と付き合ってもらえませんか? もちろん、結婚を前提に」

「そ、そんな事を急に言われても……」

「……そうですよね。だから、返事はいつでも構いませんし、断って頂いても大丈夫です。ただ、この気持ちをあなたに伝えたかっただけなので」

「は、はあ……」

「さて、プリントは──ああ、あった。それじゃあ、俺はこれで。良いお返事を期待してますね」



 そして、先生がにこりと笑ってから職員室を出ていった後、私は自分の頬が熱を帯びている事や告白をしている時の先生の顔に自分がいつの間にか惹かれていた事に気付いた。



「先生が私の事を好き……うぅ、返事はいつでも構わないって言われたけど、突然の事過ぎてどうしたら良いかわからないわよ……」



 けれど、返事はしないといけない。



「……少しだけ、もう少しだけここで考えてから音楽部の様子を見に行こう。そうじゃないと、とてもじゃないけど、二人の面倒を見られないし……」



 頬だけじゃなく、顔全体が熱を帯びていくのを感じながらもう一度席に座り、私は心の奥が仄かに温かくなるのを感じながら自分の気持ちについて考え始めた。

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