第19話 苦悩
「…………」
放課後、誰もいない音楽室で僕は一人ピアノの練習に没頭していた。理由は簡単だ。僕は音楽部に所属しているのだが、部員が僕と先輩だけの上に僕は音楽初心者だからだ。
それでは何故、音楽初心者の僕が音楽部に入っているのか。それは部活動紹介の際の音楽部の先輩の演奏に心を奪われたから。どうやら他の生徒達は特に興味を引かれなかったようだけど、僕はその堂々とした姿と綺麗なピアノの音色に圧倒され、いつか自分もあんな風に弾いてみたいと感じ、音楽部に入部した。
すると、たった一人しかいない先輩と顧問の先生は僕の入部を心から喜んでくれ、僕は楽しい毎日を送るようになった。そしていつしか僕は先輩に恋をするようになった。
ピアノを弾く時のとても楽しそうな笑顔と指導をしてくれる時の厳しさや優しさ、時々見せるお茶目な一面やその美しい容姿は僕の心を掴んで離さなかったが、内気でこれといった長所がない僕はその想いを伝えられずにいた。
「……はあ、どうしていつもこうなんだろ。このままじゃ、いつまで経っても僕は先輩に想いを伝えられず、先輩後輩という関係性のままでお別れになっちゃう。それはもちろん嫌だけど、だからといって今すぐに告白なんてのも無理だし……」
ピアノを弾くのを止め、ため息をつきながら独り言ちていたその時、「もう、弾かないのですか?」という声が聞こえ、僕は体をビクリと震わせながらそちらに視線を向けた。
すると、そこには女子生徒用の制服を着た黒いポニーテールの可愛い女の子が立っていた。
「君はたしか同じクラスの……」
「はい、その通りです。校内を歩いていた時、ピアノの音色が聞こえてきたのでふと立ち寄ってみたんです」
「そうだったんだ」
「はい。まだ恐る恐るといった調子でしたが、聞いていてとても心が安らぐ優しい音色でしたよ」
「……そっか、それは良かった」
心が安らぐ優しい音色……か。そう言ってもらえて嬉しいけど、先輩の素晴らしい音色にはまだ程遠い。だから、もっと頑張らないと……。
そんな事を考えていた時、その子は僕の事をじっと見ながら静かに口を開いた。
「……あなた、何か悩み事がありますね?」
「えっ……ど、どうしてそれを……」
「何となく訊いたのですが、本当に悩み事があったんですね。よければ、お話を聞きますよ?」
「え、でも……良いの?」
「はい。どうせどの部活にも所属をしていない身なので時間には余裕があるのです」
「そっか……それじゃあ聞いてもらおうかな」
そして僕は、先輩への恋心とそれを伝えられない辛さをその子に話した。あまり話した事が無い子のはずなのに悩みを打ち明けられた事に驚きながらも僕が話を終えると、その子は納得顔で頷いた。
「そういう事ですか……あなたはその先輩に想いを伝え、出来るなら恋人になりたい。だけれど、内気な性格が邪魔をしてその想いを伝えられない、と」
「うん……」
「それなら、あなた自身が変わる必要がありますね。内気な性格というのも悪くはありませんが、あなた自身がやりたい事の妨げになるのは良くありませんから」
「そうなんだけど、どうやったら変われるのかまったくわからなくて……」
俯く僕に対してその子は顎に手を当てる。
「そうですね……これは私の意見ですが、まずは自分に自信を持つのはいかがでしょうか?」
「自分に自信を……」
「はい。あなたにも周囲に対して誇れる部分というのはあるはず。それなら、それを武器にし、そこから自分に自信を持ち始めるというのが一番だと思います」
「誇れる部分……それは無くはないけど、男らしさを今から磨くみたいなのじゃダメなの?」
その問いかけに対してその子はクスリと笑った。
「無くはないです。ですが、その内に他の人に先輩を取られてしまうかもしれませんよ?」
「う……」
「大丈夫。自分の武器を信じれば、きっと未来は輝かしい物になりますから」
「わ、わかった……」
「では、私はそろそろ失礼します。吉報を期待していますよ」
そう言うと、その子は音楽室を去り、音楽室には僕だけが残された。
「……やっぱり不思議な子だなぁ。でも、なんだかどこか惹かれるような──って、いけないいけない! 僕が好きなのは先輩で決してあの子じゃ……!」
首をブンブンと振りながら自分に言い聞かせるように言ったが、僕の頭からあの子のミステリアスな笑みが無くなる事は無かった。
「僕は……どうしたら良いんだ……」
そう呟いたけれど、それに答えてくれる人は誰もいなかった。
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