第5話 信頼

「…………」



 その日も私は閉めきった部屋の中でパソコンを前にしながらキーボードを叩いていた。



「……やっぱり、外になんて出なくて大丈夫。私の居場所はここにあるんだから」



 そう、私はいわゆる引きこもりだ。理由は簡単。高校でのいじめだ。どうやら、いじめっ子は私の学校での態度が気に食わなかったらしく、他の生徒も巻き込んで大がかりないじめを始め、それが嫌になった私は不登校になり、やがて今のような引きこもり生活になった。でも、そんな私にも大切な友達がいる。



「……あ、今日もいた」


 そう独り言ちながら私は最近入り浸っているチャットルームにいたある人物に話しかけた。



『こんにちは……で良いのかな?』

『ああ。こっちは昼だから、それで良いと思うぞ』

『そっか……』

『……今日も外には出ていないのか?』

『……出てないし、出ない。外に出たところで何も楽しい事はないから』

『そうか……』

『そっちこそ今日も仕事なんじゃないの?』

『そうなんだが、今は待機中なんだ』

『そうなんだ……』



 待機中……それじゃあ、いつもよりも長く話せるのかな……。



 そんな事を考えながら私は彼との話に花を咲かせ始めた。彼と出会ったのはつい最近の事、少しやけになって携帯で適当な番号に掛けてみたところ、偶然彼に掛かり、その落ち着いた話し方に安心感を覚え、色々な事を話した。そして、そんなやり取りを続けている内にもっと話したいと思い、二人だけのチャットルームを作る事を提案し、たまにはではあるけど、今のようにチャットルームで話すようになったのだ。



『……そういえば、そっちの仕事のリーダーさんはこの事を知ってるんだっけ?』

『ああ、知っている。機会があったら会いたいと言っていた』

『そっか……でも、そのためには私が外に出ないとだよね』

『そうだな。だが、怖いのだろう?』

『……怖いよ。だから、こうして引きこもり生活を続けてるんだもん』

『そうだな。だがな、外には外の楽しさというのがある。私はその楽しみを君にも再確認してほしいんだ』

『外の楽しさ……』

『その通りだ。まあ、無理に出てこいとは言わない。けれど、君が外に出たいと思ったその時は、是非とも面と向かって話すとしよう。その時までに君に会う方法を探しておくから』

『……ふふ、何それ』



 まるで、普通だったら会えないみたい。でも、私が今のままだとそうだよね。私が引きこもり続けていたら、向こうが会いたくても会えない。だったら、復学しないまでも少しは外に出た方が良いのかもしれない。



『……ありがとね。やっぱり、結婚するならあなたみたいな人が良いな』

『はは、私も君となら素敵な家庭を作れると思っているよ』

『ふふ、それじゃあ私達は両思いなのかな』

『そうだな』

『……それなら、結婚を前提に付き合ってもらおうかな……なんて』

『結婚を前提に、か……』


 その反応を見て私は苦笑いを浮かべる。


『あはは……やっぱりまだ早いかな』

『そんな事はない。私も同じ気持ちだからな』

『……え?』

『もし、君さえよければだが……』

『そんなの……良いに決まってるよ』

「……こんな私を必要としてくれてるんだもん……良いに決まってるじゃん……!」



 パソコンを前にしながら私は嬉しさから涙を流した。ただ私を心配するような家族とは違い、私だからこそ良いと言ってくれる人がようやく出来、その人から必要とされている。その事が私の冷えきった心を優しく暖めてくれた。



 ……偶然とは言え、この人に出会えて良かった。



 そんな思いを抱きながら私は再びキーボードを叩いた。



『えっと……それじゃあ、改めてよろしくお願いします……』

『ああ、よろしく頼む。そして申し訳ないのだが、リーダーから呼び出されたのでそろそろ行かなくてはならない』

『あ、うん……わかった。仕事、頑張ってね』

『ありがとう。ではな』

『うん』



 彼がチャットルームから出た後、私はある思いを抱き、着替えを始めた。そして、着替えを終え、部屋のドアをゆっくりと開けると、そこには喫茶店でバイトをしているお姉ちゃんの姿があった。



「あ……」

「……えっと、その格好は……もしかして……?」

「……うん。少し外に出ようと思って。だから……お姉ちゃんがバイトしてる喫茶店まで一緒に行ってくれない……かな?」

「……うん! もちろんだよ! でも、どうして出掛ける気になってくれたの?」

「……婚約者に背中を押されたから……かな」

「そっか──って、婚約者!?」

「そう……さあ、早く行こう」



 驚くお姉ちゃんの顔を見てクスリと笑った後、私は部屋の外へと出て、そのまま玄関に向けてゆっくりとでもしっかりと歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る