第113話 ジェット流しそうめん1


 夏がやってきた。

 北国のブリタニカ属州といえど、盛夏になればそれなりに暑い。

 ユーリのカレー食堂では、水に塩とハチミツを加えて果汁を絞ったドリンクを提供したり、冷やしカレーうどんを提供したりとメニューに工夫を凝らしている。


 冷やしうどんは好評である。

 もともとブリタニカ属州で採れる小麦は薄力粉。手打ちで打ったうどんはコシがあっておいしい。

 ユピテル帝国では『麺』という食べ物に馴染みがないものの、そこは新しいもの好きのカムロドゥヌム町民だ。

 ユーリが作ったものなら美味しいに決まっている、と最初から食べる気まんまんだった。

 カレーうどんの他、アイリが主張したサラダうどんも提供して人気になっている。


 めんつゆはユピテル帝国に昔からある魚醤ガルムをベースした。魚醤は魚を塩水に漬けて発酵させた調味料だ。

 魚醤に海藻の出汁を合わせることで、味わい深いめんつゆが再現できた。

 海藻は石けん製作に使っている西の海岸のもの。

 たくさん採れて販路もあるため、めんつゆ試作のためにちょっともらってきたのである。


 さらにカレーのスパイスのうちめんつゆに合うものを選んで、バリエーション豊かで飽きのこない味を作っていた。

 ホースラディッシュ(山わさび)や二十日大根のすりおろしは特に好評だ。

 オクラやゴマ、例の唐辛子も人気である。


「ながしそうめん、やろうよ!」


 ある暑い日のこと。

 カレー食堂に遊びに来ていたアイリは、手をぶんぶん振りながら言った。シロは尻尾をぷりぷり振っている。

 彼女が着ているのは水色のワンピース。ユピテル帝国のシンプルなチュニカではなく、日本の子どもが着るような可愛らしい服だった。

 ユーリとアイリが二人で知恵を出し合って、仕立て屋に作ってもらった逸品だ。


「ながしそうめん?」


 洗い物の手を止めて、ファルトが首をかしげている。

 彼はカレー食堂のリーダー役が板についていて、アイリの面倒もよく見ていた。だからアイリも懐いている。


「ながしそうめんは、そうめんをびゅーってながして、ひゅーってすくって、ずずーってたべるの」


「うん、ぜんぜん分かんない」


 ファルトは苦笑してユーリを見た。

 ユーリは改めて説明をする。


「そうめんは、うどんをうんと細くした麺よ。それを細い木をくり抜いたものに水と一緒に流して、みんなですくって食べるの」


「へえ、面白そう! でもなんでわざわざ流すの?」


「一番には涼しい気分を味わうためかしらね。ずっと水を流しながらそうめんを食べるから、冷たいままで食べられるのよ」


 やってみよう、ということになる。

 最近は子供たちのうどん作りの腕前も上がっているので、極細のそうめん作りも何とかなるだろう。


 そうめんを流す半筒として、ユーリたちは縦に割った木を三本用意した。

 カレー食堂の前にあるスペースで、子供たちと手分けして中をくり抜き、滑らかになるよう磨く。


「日本じゃよく竹を使っていたけど。ないものは仕方ないわね」


 ユーリの独り言を耳ざとく聞きつけて、ファルトが言う。


「ユーリ姐さん、なんか言った?」


「いえ、なんでもないわ」


 それから木箱や椅子を使って、水が流れやすいように高低をつけた。

 最後に木の終着点に桶を置く。


「試しに水だけ流してみましょう」


 ユーリが言えば、アイリが手を上げた。


「わたしがやる! 魔法でお水、だす!」


 ユーリは一瞬だけ考えたが、少しくらいの魔法であれば問題ないかと思い直した。

 アイリの本当の力は秘密だけれど、何もかも隠すのも良くないだろう。


「じゃあ、お願いね」


「うん!」


 アイリは積まれた木箱によじ登り、半筒の木の一番高いところに手をかざした。


「えいっ」


 ドオッ。

 アイリの手から勢いよく水が吹き出した。奔流といっていいくらいの水量だった。

 水はたちまち木の内側を流れ、むしろあふれて飛び出しながら、怒涛の勢いで下に到達した。

 桶はあっという間にいっぱいになって、


 どっぱーん!

 ざぶーんっ!


 と波のような大きな音を立てて四方八方に散っていく。


「キャイン!」


 シロがずぶぬれになって悲鳴を上げている。


「うわ! 水かかった!」


「すっげー!」


「あはは、冷たくてきもちいいー!」


 子供たちはそれぞれの反応だ。


「アイリ、ストップ! いったん止めて!」


 木箱の上に立っているアイリを、ユーリは下から手を伸ばして抱っこした。


「えー、いいところだったのに。やめちゃうの? なんで?」


 アイリは不満顔だ。

 ユーリは水浸しになった周囲を見ながら、ため息をついた。


「流しそうめんをやるんでしょう? このままそうめんを流したら、誰もすくえなくて、そうめんがどっかに行っちゃうわ」


 これじゃあジェット流しそうめんだ、とユーリは思った。

 アイリは非常に強力な魔力を持っている。だから細やかな制御が難しいのだろう。


「あ……」


 アイリもやっと気づいたらしい。しょんぼりしている。

 そんな彼女を地面に降ろしてやって、ユーリは膝を折った。目線を合わせて話しかける。


「今のはお試しだから、気にしなくていいのよ。もし少しずつ水を流すのが難しかったら、他の魔法使いに頼みましょう。魔法でなくても、桶で水を流してもいいかもしれないわね。どうする?」


「……やる。わたし、ちゃんとできる」


 アイリが決意に満ちた目でうなずいた。

 ユーリは微笑んで、アイリの髪を撫でてやった。

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