第100話 戦況変化
「アウレリウス。シロの上から見たら、中央の隊列が破れそうだったの」
剣戟の鳴り止まぬ戦場の中、ユーリが言うとアウレリウスは不敵に笑った。
「それでいいんだ。見ていてくれ」
地上からでは全体が見渡しにくい。けれどアウレリウスは状況を把握しているようで、次々に伝令へ指示を出していく。
やがて気がつけば、食い破られそうだった中央の隊列は持ち直している。
「中央は破られそうだったのではない。あえて退いて、魔物を誘い込んだ。包囲するためにな」
中央に食らいついた魔物は左右から包囲される形となった。前と横から攻撃を受けて、あっという間に崩れ去る。
すり鉢状に展開していた隊列が徐々に閉じて、包囲殲滅戦が始まった。
魔物たちの阿鼻叫喚の声が上がる。
「後は殲滅するだけだ」
アウレリウスは言ったが、ここで問題が起きた。
逃げ場をなくした魔物たちが、死にものぐるいで反撃してきたのである。その勢いはまさに苛烈。包囲網を突き破る可能性すらあった。
優位な立場が危うくなり、アウレリウスの表情に緊張が走る。
「アウレリウス!」
ユーリは必死に考えながら言った。
「このままじゃ被害が拡大してしまうわ。どこか一点、わざと開けるのはどうかしら」
「…………! さすがだ、ユーリ」
アウレリウスはユーリの意図をすぐに察して、力強くうなずいた。伝令に命令を出して、北東の方位で兵列を薄める。一部の魔物が包囲の外に出た。
その場所から逃られると気づいた魔物たちは、雪崩を打ってそちらへ向かう。
結果、反撃のエネルギーは全て逃亡へと差し向けられた。挙句の果てに互いに互いを踏み潰して、魔物同士で殺し合う有り様である。
包囲を逃れた魔物は、待ち構えていた軍団兵に順に斬り伏せられた。
こうして包囲と待ち伏せで魔物の群れは壊滅していった。
魔の森の奥でユリウスは苦戦していた。
影からにじみ出るように生まれる魔物たちはどれもが手強く、しかも後から後から現れてきりがない。
ユリウスだけならともかく、ロビンとヴィーは消耗し始めている。
「ユリウス」
魔物の攻撃の手をかいくぐりながら、ヴィーが言った。
「先に行って。ここはわたしたちが引き受ける」
ユリウスは答えない。彼が魔王竜と対峙するにはそれしかない。が、それはつまり二人を見殺しにするということでもある。
「今さら気にするなよ」
ロビンも言った。こんな状況なのに、いつもと変わらない口調で。
「どうせ俺らはユリウスに助けてもらわなきゃ、とっくに死んでるもん。ユリウスの悲願が叶うなら、どうってことないぜ」
「……お前たち」
ユリウスは唸るような声で言う。
今や手はそれしかない。やるしかない。
そう、ユリウスが決心しかけたそのとき。
不意に暗い森に純白の光が差した。否、光ではない。実体を持つ巨大な白が森へと舞い降りたのだ。
光り輝く白竜は、その長大な尾を打ち振るった。
バキバキと音がして大木がへし折れる。同時に影の魔物たちが白い光に飲み込まれて、次々と消えていく。
わずかばかり残った魔物たちは、怯えるように森の奥へ消えていった。
「こいつは……」
その様子を唖然として眺めながら、ユリウスは呟いた。
「シロ、……か?」
魔の森で出会った当初、シロは魔物らしい魔力を放っていた。その魔力を何百倍何千倍にも強めたら、目の前の白竜になるか。
白竜は嬉しそうに手をばたつかせて、「グルルルゥ」と鳴いた。小犬の姿であれば「わふぅん」くらいだったろう。
「間違いないみたい。首輪してる」
ヴィーがおっかなびっくり近づいて、白竜の首を触った。そこにはシロと同じく、赤い首輪が嵌っている。
「えぇー、マジで。あーでも、確かに気配は似てる……」
ロビンも戸惑いながら、白竜のそばに寄る。
ユリウスが言った。
「それでお前は、何をしに来たんだ。僕らよりユーリを守るべきだろう」
「グルルル、グゥ」
白竜は手招きをする。三人が不審そうな顔をしながら近づくと、しゅるっと毛が伸びてきた。
「うわ!」
「なに、なに」
敵意がまったくなかったせいで、ユリウスたちは不意をつかれた。順に背中に乗せられて、目を白黒させる。
白竜は長い首を巡らせて彼らの様子を見た後、空へ向かって舞い上がった。
かなりの急上昇だったが、背中の人間たちは毛でしっかりと固定されている。誰も振り落とされなかった。
「……連れて行ってくれるのかい。あの場所へ、魔王竜のいる場所へ」
びゅうびゅうと雪風が吹きすさぶ中、ユリウスは静かに問いかける。
白竜は首を曲げてユリウスを見た。その瞳は確かにシロのもの。
――ユリウスのことも、守ってあげるって決めたんだ。
ふと、そんな言葉が聞こえた気がした。
やがてじゅうぶんに高度を上げた後、白竜は森の中心部へと向かって滑るように飛び始めた。
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