第101話 森の最奥
白竜は雪の吹きすさぶ中、風を切って飛んでいく。
魔の森の上空には数多くの空飛ぶ魔物――ワイバーンやガーゴイル、果ては風竜までが旋回していた。それらは白竜とユリウスたちを見かけるや襲いかかってくる。
けれどもロビンの弓が、ヴィーの魔法がことごとくを撃ち落とした。
まれに接近を許した魔物は、白竜の背に立ったユリウスが無銘を振るって斬り捨てる。
魔の森の深部はすぐそこだ。
そして目的地である中心部を見て、ユリウスは絶句した。
「何だ、あの穴は。一月前に来たときは、あんなものはなかった」
魔の森の中心は、くろぐろとした巨大な穴が穿たれていた。底が見えないほどの深さだった。
不気味な唸り声は穴の中から響いてくる。時折ギラリと、ぬめるような漆黒が光を反射する。
最初の変化は穴の縁が崩れたことだった。巨大な爪が穴の縁にかけられて、ガラガラと崩れる。
次に真紅の光が見えた。穴の底から天を睨む光は、魔王竜の双眸。
そうしてソレはゆっくりと身を引き出す。
地の底から這い出た魔物は、白竜すらも小さく見える巨大さ。そして、魔の森全てを合わせたよりも深く昏い魔力に満ちていた。
「ついに……」
ユリウスが唸るような声を出す。
「ついに、この日が来た! 父と叔父の仇。兵士たちの仇。そして無力だった僕の過去に、ケリをつけてやる!!」
彼は無銘の柄を握る。今日この日のために作り上げた、異世界とこの世界の技術の結晶を。
無銘はユリウスの意思に呼応し、金と銀の光をあふれさせる。
魔王竜がゆっくりと頭を巡らせて、上空の白竜を見た。それから大きく口を開いた。まるでニタリと笑うような不吉の表情。
――ゴォォォォ――
大きく開けられた口の奥に、漆黒の炎が灯る。
ユリウスの脳裏に八年前の惨劇が浮かんだ。魔王竜の吐く破壊の炎は、全属性の魔力障壁をやすやすと突破する。彼の背筋に冷たい汗が流れた。
「シロ、回避するんだ。あれをまともに喰らったら、命がない!」
けれども白竜は速度を落とさない。まっすぐに魔王竜へと向かっていく。
そして白竜も口を開いた。喉奥に燃えるのは、純白の光。
二頭の竜は、同時にブレスを吐き出した。
黒炎と白炎。黒い闇と純白の光。
相反する属性の炎と輝きが激突して、閃光を撒き散らす。
ユリウスたちは振り落とされないよう、必死で長い毛に掴まった。
黒と白とはしばらく拮抗し、そのまま勝負がつかずに弾けた。轟音が鳴り響く。破壊の余波が飛び散って、周囲の魔物たちを撃ち落としていく。
けれども魔王竜も白竜も無傷だった。
必殺の
白竜はいよいよ距離を詰めていく。間近に迫った魔王竜の左目は、よく見れば濁っている。
八年前にユリウスが剣を突き入れた傷だ。
右の翼の付け根を見れば、やはり傷跡が残っている。アウレリウスの魔法が撃ち抜いた傷。
白竜は突撃の速度を落とさず、魔王竜の喉笛に噛みついた。長い体を相手に巻き付けて、締め上げるようにする。
ユリウスは白竜から魔王竜の頭の上に飛び乗った。
「食らえ!」
無銘の一撃は、確実に魔王竜のまぶたと眼球を切り裂いた。八年前のあのときは、渾身の力で目玉を傷つけるのが精一杯だったのに。
魔王竜が苦悶の声を上げる。絡みつく白竜を太い爪で引き剥がそうとしている。爪は白竜に食い込んで、鮮血を吹き出させた。
ユリウスは魔王竜の両目を潰し、目に無銘を突き立てる。が、巨大な敵は脳まで刃が達せず致命傷にならない。次の手を考えなければならない。
――竜種は関節部であれば、ウロコの強度がやや落ちる。
ここ数年の研究成果である。
ユリウスは魔王竜の翼を見た。未だ傷跡の残る右の翼を。
この化け物に飛行を許せば不利になる。
ユリウスは魔王竜の頭から背中へと飛び降りて、一気に翼へと肉薄した。彼の動きに気づいた魔王竜が、翼を激しく動かしてくる。
嵐のような風圧を耐えきって、ユリウスは右の翼に無銘の一撃を叩き込んだ。
そこに残る古傷、アウレリウスの魔力の残滓を目印として。
――ギャアアアァァァッ!
魔王竜が悲鳴を上げる。右の翼は古傷ごと断ち切られていた。
降りしきる雪の中に血の赤を振りまきながら、巨大な翼が地に落ちる。
両目から血の涙を流し、苦痛のあまり暴れまわる魔王竜はとうとう白竜を振り切った。白竜の長い毛は、そこかしこが血に染まっている。
漆黒の体から無数の触手が生えてくる。それは一本一本が鋭い刃となって、ユリウスに襲いかかった。
「小手先の技に頼るようじゃ、先が知れるよ!」
ユリウスは触手を斬り伏せ、回避する。
けれどこのままではジリ貧だ。目配せすれば白竜がすぐそばを飛んで、ユリウスは飛び乗った。
「さて、どうするかな……」
互いに決め手を欠く状況である。
ユリウスと白竜は魔王竜に小さな傷は与えられても、決定打がない。
魔王竜は黒炎のブレスを封じられ、軽傷を負い続けているが致命傷に程遠い。
一瞬の油断が破滅を招くという意味では、ユリウスの方が不利だろう。
「もう一度試してみる。ロビン、ヴィー、あの邪魔な触手を払っておいてくれ」
「分かった」
ユリウスが跳んだ。落下の自重をプラスして、無銘の刃を魔王竜の首筋へと狙いを定める。
だが。
――キンッ!
ウロコ数枚を弾き飛ばしただけで、首に傷を入れるのはできなかった。
急所であるだけに守りも固い。いかに名刀といえど一刀両断は遠かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます