第82話 後処理
間近に迫る魔物の巨体に、兵士らは剣を抜いた。対人用の武器が地炎獣に通じるはずもなかったが、戦いを諦めるわけにはいかない。
もしも彼らがここで負けてしまえば、魔物は防壁を乗り越えてカムロドゥヌムの町へ向かってしまうだろう。
「――ッ、第四分隊、散開!」
魔獣の突進経路を読んだアウレリウスが声を上げる。
兵士たちは慌ててその場を離れ……。
ドォンッッ!!
地炎獣は頭からウルピウスの防壁に衝突した。防壁と地面とが激しく揺れるほどの衝撃。地炎獣の高熱の体温が石造りの防壁を焦がし――。
そこで、魔獣は動きを止めた。
もうもうと上がる土煙と水蒸気の中、地炎獣は絶命していた。
兵士たちの勝利の雄叫びが響く。
けれど一方で炎に巻かれて死んだ者もいる。
アウレリウスは勝利を祝いながらも、黒焦げになってしまった死者たちを運び出した。カムロドゥヌムに家族が残っている者は死亡を伝えて、埋葬してやらなければならない。
地炎獣の骸も問題だった。
放置しておけばいずれ腐って悪臭と病原体をばら撒くだろう。臭気が他の魔物を呼び寄せてしまうかもしれない。
しかしこの魔獣はかなりの巨体の上に外殻が非常に硬く、解体が容易ではない。関節部などから地道に刃を入れて、外殻を剥ぎ取っていくしかなかった。
ただし剥ぎ取りさえすれば頑丈な外殻は素材として良い値段で取引される。当然、魔石も出る。
実際、地炎獣出現と討伐完了の噂を聞きつけて、カムロドゥヌム以外からも商人たちが買付にやって来た。
アウレリウスは素材の売却代金を、兵士たちのねぎらいと死亡者の遺族への慰労金などに当てることにした。
焼失してしまった攻城兵器の補充も必要だ。
これらの攻城兵器は大型魔物の討伐に必須であり、常に一定数を確保しなければならない。
特にスコルピオのねじりばねは、人間の髪の毛で作る。人毛は強靭で使い勝手がいいのだ。
カムロドゥヌムや周辺の農村の女性や奴隷たちに供出を命じれば、彼女たちは積極的に髪を切って持ってきてくれた。長く伸ばした髪はユピテル女性の象徴だったが、その大切さ以上に魔物討伐の役に立てる正義感があったのだ。
そういった処理をアウレリウスは淡々とこなしていった。
地炎獣討伐の数日後、ユーリはユリウスと一緒に魔獣の死体を見に来ていた。すっかり腐ってしまう前に見学に来たのである。
「これが地炎獣。すごく大きい」
象の三倍はある巨体に、ユーリは驚きを隠せない。
地炎獣の外殻剥ぎはまださほど進んでおらず、魔獣は生きていた頃に近い姿で地に伏している。
体に突き刺さった矢だけは抜いて回収されていた。
「さすがアウレリウスだ。このクラスの魔物をあの程度の犠牲で殺しきったのだから」
ユリウスが軽い口調で言うので、ユーリは彼を睨んだ。
「そんな言い方をしないで。死んでしまった人は戻らないのよ」
「ユーリは優しいねえ。冒険者なんてしていると、人の生き死にに慣れちゃってさ」
ユリウスは肩をすくめた。
「ところで、外殻と魔石以外でなにか良い素材はないかな」
外殻剥ぎ取りの作業に従事している兵士に話しかける。兵士は手を止めて答えた。
「さて? 地炎獣の討伐例はあまり数がないので。どの部位がどうやって使えるようになるか、これから調べるんですよ」
「外殻はすごく硬いのね。岩石……というか、金属のようにも見える」
と、ユーリ。
ユリウスは半ば開いたままの魔獣の口をのぞき込んだ。
「牙は発達していないな。平べったい歯をしている。口の形も平たいよね」
「地面の草を食べる、草食動物のような?」
ユーリも同様にのぞいてみたが、少し腐敗が始まっているために臭いがきつく、顔をしかめて離れてしまった。
ユリウスは気にせずに、剣の鞘で口元を押し上げている。
「草食動物ときたか。ユーリは相変わらず面白い発想をするね。実際、こいつは何を食べてこんなに大きな身体になったんだろう」
「魔物の生態はほとんど分かっていないのよね」
「うん。観察するにも襲ってきて危険だし、そもそも知りたいと思う人はほとんどいないよ」
「何を食べていたかは、胃の内容物を調べれば分かるかも」
「へぇ?」
ユリウスは首をかしげた。
「ちょっと興味が出てきたな。胃というと、この辺りか」
地炎獣の大きな腹に回り込む。
「腹部は外殻が少し薄いようだ。これなら斬れるかな」
ユリウスはすらりと剣を抜いた。一点の曇りもない銀の刀身が秋の陽射しにきらりと光る。
ユーリには太刀筋すら見えない、一閃。
「うわ、硬い……」
ユリウスはそんなことを言ったが、腹部に一筋の傷が深く入っている。
兵士が驚いて言った。
「なんと、剣で斬れるんですか! だったら攻城兵器を用意しないで、ユリウス殿に討伐を頼めば良かった」
「いやいや、無理だよ」
ユリウスは苦笑した。
「これはもう死んで、しかも肉が少し腐ってきているから斬れたんだ。人間だって筋肉に力を入れれば固くなるだろう。生きていた頃のこいつが体に魔力を張り巡らせていれば、僕の剣はとても通らないさ」
「そうですか……」
落胆する兵士を気に留めず、ユリウスは地炎獣の腹部の傷を剣で押し広げた。
「兵士さん、ちょっと手伝ってくれるかい?」
「はい」
数人がかりで腹を割り裂く。ひどい臭いの体液がどろりと流れ出て、ユーリは思わず後退りした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます