第83話 玉鋼
ユリウスと兵士たちは悪臭をものともせず、腹を割り裂いていく。
ユーリは思わず叫んだ。
「ユリウス、兵士さん! 終わったらすぐに、ちゃんとお風呂に入ってくださいね。洗い流さないと病気になっちゃう」
「うん、後できちんときれいにするよ」
ユリウスはちょっと振り向いて笑ってみせた。
「体内はかなり熱いな……。死後でこれならば、生きている頃は相当な高温だっただろう」
「ええ。こいつの吐く炎は、魔法使いたちの水の障壁をあっさり蒸発させました」
ユリウスと兵士たちはそんな話をしながら地炎獣の体内を探っている。
「ん? 何か硬いものが出てきたよ」
「胃の辺りですな」
兵士が半身を地炎獣の中に入れるようにして、少しして出てきた。
手にはいくつかの欠片のようなものを持っている。
それは一つが手のひらほどの鉱石だった。
土台となる欠片に白っぽい結晶のようなものがいくつもついている。
「なんだろう、これは」
ユリウスがそれを手で叩くと、コンコンと硬い音がした。
「……それ、よく見せて」
ユーリが言って鉱石を手に取ろうとする。それをユリウスが制止した。
「あ、ちょっと待って。魔物の体液で汚いから。せめて軽く洗おう」
彼が軽く手を振ると、空中に人の頭ほどの水の塊が出現した。水の魔法だ。
ユリウスは剣士だが、それなりの魔力を持っている。この程度の魔法であればお手の物だった。
彼は鉱石をまとめて水の中に入れて洗う。
きれいになった鉱石一つをユーリに手渡すと、役目を終えた水の塊は地面に落ちて消えた。
「これ……もしかして玉鋼じゃ……」
鉱石を手に取ったユーリは、その表面を指で撫でた。
「それはなに?」
「たたら製鉄という方法で精錬された鉄よ。ねえユリウス、魔の森は砂鉄が採れる?」
「うん。一部の地域には砂鉄がある。そういえば、ここから割と近い場所だね」
ユーリは改めて手元の鉱石を見た。
「玉鋼は、砂鉄をたたら製鉄で精錬して作るの。もしこの魔物が砂鉄を食べていて、そして体内が製鉄できるほどに高温だったとしたら。玉鋼に似たものができても、おかしくないのかもしれない」
「へえ、魔物の体内でできた鉄ねえ。なんか汚いな」
ユリウスは肩をすくめたが、ユーリの真剣な目を見て態度を改めた。
「玉鋼とやらは、特別な鉄なのかい?」
「ええ。玉鋼、それも上質な白い玉鋼は日本刀の材料になる。――ヤヌスの英雄、鍛冶師オサフネの剣よ」
ユーリの言葉を聞いたユリウスは、思考が白熱するのを感じた。
オサフネの剣。剣士であれば誰もが夢見る、究極の武器。
――今の僕の剣の腕に、オサフネの剣があれば。魔王竜に必ず一撃が届く!
復讐を第一として行動するユリウスにとって、その考えはあまりにも甘美だった。
長年の悲願、未だ可能性のつかみきれない願いに手をかけた感触を覚えて、彼の心が沸騰する。
「ふふふ……あはははっ! 素晴らしいよ、ユーリ! あなたは僕の女神だ……!」
急に笑い出したユリウスに、ユーリは戸惑った顔をしている。
兵士も困惑した声で言った。
「しかし、ユリウス殿。伝説に謳われるオサフネの剣は、作り方すら伝わっていないのでしょう」
「ユーリなら知っているよね? そうだよね?」
半ば狂気のような熱を帯びた瞳を向けられて、ユーリは一歩下がった。下がりながら答える。
「概要程度なら。でも私は素人だから、再現できるか分からないわ」
「十分さ! 再現は鍛冶師に任せればいい。ユーリは知っている限りを教えてくれれば、それでいいよ!」
ユリウスは玉鋼をいくつも荷物袋にしまい込む。
「これがまだ魔物の体内に残っていたら、全て僕に売ってくれ。金はいくらでも出そう」
「は、はあ……」
兵士が困っているのを無視して、ユリウスはユーリを抱え上げた。
「ちょっと、ユリウス!」
ユーリの抗議は当然のように無視された。
「よし、すぐにカムロドゥヌムに戻ろう。ドリファ軍団には腕の良い鍛冶師がいる。彼らにオサフネの剣を再現してもらおう!」
ユリウスは猫のようにユーリの頬に頭をこすりつけた。ついでに彼の唇が頬をかすめていって、ユーリはぎょっとする。
ただし以前のように複雑な気持ちになるには、今の彼は汚れていて臭かった。何せ地炎獣の体液にまみれていたので。
「ユリウス、離れて! 汚れているでしょ!」
「うんうん、町に戻ったらお風呂に入ろうねえ。よし、行こう!」
言って彼は駆け出した。
ウルピウスの防壁に刻まれた細い階段を飛ぶように登り、壁の上を一足で越えて飛び降りる。それからは風よりも速く走っていった。
とても人間業とは思えない速度で、抱えられたユーリは目を回してしまった。
彼はその間、ずっと熱にうなされたように呟き続けていた。
「ああ、やっとアレを殺せる。やっとだ。楽しみだ、楽しみ、楽しみだ……!」
あっという間に町に到達した。
ユリウスはさらに街路を駆け抜けてドリファ軍団の司令部に、アウレリウスの執務室に飛び込んだ。
「アウレリウス、ついに魔王竜への切り札を手に入れたよ。ユーリと一緒にお風呂に入ろう!」
「……は?」
興奮のあまり支離滅裂なことを言う従弟に、アウレリウスは氷点下の視線を向けた。
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