第81話 出撃


 地炎獣出現の報告を受けて、アウレリウスは素早く動いた。

 執務室に主だった百人隊長たちを集めて、情報の取りまとめを行った。


「標的の目撃位置と時間は?」


 ペトロニウスが答える。


「一時間前、東に二つ目の見張り塔です。距離は目視でおよそ北に六キロメートル。魔の森のふちを出たり入ったりしていたと」


「東二の見張り塔に攻城兵器を集めろ。スコルピオとハルパックスだ」


「はい」


「隊列が整い次第、カムロドゥヌムから出撃する。緑の狼煙一本と赤の狼煙二本を上げておけ」


「はっ!」


 緑の狼煙は攻城兵器の集約命令、赤の狼煙は集約先の位置を示す。この場合は東に二つ目の見張り塔だった。

 アウレリウスはすぐに執務室を出た。司令部前の広場には、兵士たちが整列し始めている。

 規則通りの隊列を取った兵士たちの前で、アウレリウスは声を張り上げた。


「兵士諸君! 知っての通り、地炎獣が出現した。大型の魔物討伐は久方ぶりになるが、何も恐れることはない。我々は常に訓練を怠らず、魔物どもに勝利を続けてきた。このカムロドゥヌムを守り、人々を守り続けてきた。我々の覚悟は既にできている。今もう一度、新たな勝利によってカムロドゥヌムを、人々を、家族を守る!」


 ――オオォッ!


 兵士たちからときの声が上がる。

 彼らは今年、食事事情が改善されて体に力がみなぎり、流行り病も起こっていないために健康で、気力にあふれていた。

 士気はじゅうぶんに高い。

 演説を終えたアウレリウスは騎馬にまたがり、軍団の先頭に立って北門から出撃した。








 アウレリウスに率いられたドリファ軍団は、東二の見張り塔にたどり着いた。

 攻城兵器はまだ全てが集まっていなかったが、地炎獣は魔の森を出てウルピウスの防壁へと移動を始めていた。その歩みは巨体に対してそう速くはないが、それでも一時間もあれば防壁まで到達するだろう。


(どういうことだ。魔物が自ら魔の森を出てくるとは)


 アウレリウスは内心で眉をしかめた。

 たとえ強力な個体であっても、魔物は基本的に魔の森を出ようとしない。

 今までに例外は魔王竜だけだった。アレは出現するなり多数の魔物を引き連れて、ウルピウスの防壁へ、カムロドゥヌムへ近寄ってきたのだ。まるで軍隊が敵地に侵攻するように。

 八年前の惨劇が脳裏をよぎり、アウレリウスは歯を食いしばる。


「攻城兵器が足りませんが、どうしますか」


 ペトロニウスが問いかける。アウレリウスは答えた。


「このまま攻撃を仕掛ける。残りの兵器を待っている時間はない。開門せよ、出撃する!」


「はっ!」


 見張り塔近くの門が開かれて、兵士たちが次々と防壁を通り過ぎていく。兵士に混じって集まっただけの攻城兵器――スコルピオとハルパックス――も引き出された。

 ウルピウスの防壁と魔の森の間は平地で、視界をさえぎるものはない。

 地炎獣の象の数倍もの巨体は既に目視できる距離にある。

 兵士たちは防壁を背に隊列を展開させた。


「スコルピオ、用意!」


 アウレリウスの号令に従い、攻城兵器のスコルピオが準備された。

 スコルピオは大型の弩弓で、ねじりばねを使った矢の射程距離は一キロメートルを超える。さらに対魔獣として大型矢の鏃には毒が塗られていた。

 ギリギリと音を立ててスコルピオに矢がつがえられる。


「標的との距離、一キロメートルを切りました!」


 見張り塔の兵士が叫んだ。

 アウレリウスは上げた手を振り下ろす。


「スコルピオ、射出!」


 空を切り裂く音をいくつも発して、大型矢が放たれた。狙いは正確で、矢は地炎獣の分厚い外殻を突き破り体に突き刺さる。


 ――グガァアアアァアアッ!!


 地炎獣が咆哮のような悲鳴を上げた。けれども致命傷ではない。

 魔獣は苦痛と怒りの炎を瞳に宿し、ウルピウスの防壁へ向かって突進を始めた。


「スコルピオ、第二射用意! 魔法隊は魔力障壁、水!」


 水の魔力を帯びた壁が兵士たちの前に展開される。それは地炎獣が吐き散らした炎を受け止めて、水蒸気を上げながら消えていった。

 同時にスコルピオがもう一度放たれる。

 距離が近くなった分、大型矢はより深く地炎獣の体に突き刺さった。それでも魔獣は倒れない。


「ハルパックス、射出!」


 もう一種類の大型兵器が放たれた。

 ハルパックスは鉤爪のついたロープを射出する兵器で、本来は海戦で船の動きを妨害するために使う。

 鉤爪は地炎獣の体に絡みついて、突進の速度を遅くする。魔獣はうるさそうにロープを払おうとするが、今回は敵を見越して氷の魔力をロープに込めてある。鉤爪からロープから氷の魔法がほとばしり、いっとき、魔獣を地面につなぎとめた。


「スコルピオ、第三射!!」


 動きを止めた地炎獣に、三たびの矢が放たれた。

 もう間近に迫った的を外すはずもなく、毒の大型矢は深く深く魔獣の体をえぐる。

 地炎獣は悲鳴を上げた。先ほどのような咆哮ではなく、明確に命が尽きつつある苦痛の声だった。

 しかし地炎獣は氷のロープを食い千切るように振り払い、特大の炎を吐く。

 それは張り巡らされていた水の魔力障壁を吹き飛ばし、兵士たちと攻城兵器の一部を黒焦げにした。

 さらに魔獣は再度の突進をする。全身から大型矢を生やしながら、兵士たちを踏み潰そうとする。


 もうスコルピオを撃つ時間はない――。


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