第80話 下水問題と


「と、いうわけで、浴場の排水管の問題は解決しそうです」


 アウレリウスの執務室で、ユーリは今回の経緯を説明した。


「承知した。迅速な対応を感謝する」


 アウレリウスはうなずいている。

 ユーリはここでふと疑問に思ったことを聞いてみた。


「ところで、この町の下水なんですけど。浴場や公衆トイレの下水処理はどうしてるんですか?」


 カムロドゥヌムの町では、水道橋による上水道の他に下水道も整備されている。

 日本のように一般家庭まで通じているわけではないが、主だった公共施設では使えるのだ。

 ユーリの問いにアウレリウスは簡潔に答えた。


「近くの川に接続して流している」


「……え? それだけ?」


「そうだが」


 唖然としたユーリに対し、アウレリウスは眉を寄せた。


「浄水処理は全くなし!?」


「特に何もしていないな」


「ありえないですよ! 川が汚染される一方じゃないですか。あの川、農業用水でも使ってますよね。汚染されて病気のもとです!」


「何と……」


 まくしたてるユーリに、アウレリウスはため息をついた。


「そういう発想はなかった。きみの言う病原体の考えは、ユピテル帝国にはまったくないものだ。きみの故郷では浄水処理とやらをどうやっていた?」


「下水を一度プールに集めて、ろ過や沈殿、薬品での処理を行っていました。薬品処理はこの国では難しいですね……」


「ろ過と沈殿なら実現できるだろうが、大規模な工事が必要になる。すぐに対応は無理だ」


「でも、いずれは考えてほしいです。かなりの問題です」


「分かった。まだ時期などの確約はできないが、計画は立てていこう」


「私も、できるだけ日本の機構を思い出してみます。あとはこの国ならではの方法もないか」


 二人はこの問題を話し合った。

 やはり浄水槽を作って一度下水を集め、ろ過装置で簡易的に汚物を取り除く方法が現実的ではないかと結論づける。

 ユーリはあごに指を当てて考える。


「その際の問題は、ろ過装置に残される汚物をどうするかですが……」


「スライムに食わせてはどうか」


「え?」


「スライムという魔物がいるだろう。なんでも体に取り込んで消化する性質を持つ。金属や岩石などは消化が遅いが、生物の体や植物などであればよく消化する。人間の汚物や石けんカスなどであれば、それなりのスピードで消化するはずだ」


「でも、その方法だとスライムに大量に餌を与える形になって、成長しすぎたりするのが怖いですね」


「確かに。たとえ厳しく監視するとしても、町の近くに魔物を置くのも問題だ。つい思いつきを言ってしまったが、軽率だったな」


 課題は多そうだが、一つの手法として記憶することにした。

 どちらにせよ、下水処理はすぐになんとかできるものではない。

 話し合いはそこで終わって、ユーリは冒険者ギルドへ帰っていった。







 事件はそれから数日後に起きた。

 その日、ユーリはいつもどおりカレー作りと石けん作りの監督をしていた。

 普段と何も変わらない秋の日で、少し雲がかかった空が広がっている。

 ところが突然、何の前触れもなく。高く鳴る鐘の音が町に響いたのだ。


 カンカンカン! カンカンカン!


 打ち鳴らされる鐘は何度も響いて、カレー作りをしていた子供たちは怯えてしまう。

 シロも不安そうな顔で空を見上げていた。


「これは、なにごと!?」


 ユーリも事態を飲み込めずにいると、ナナが倉庫の方から走ってきた。


「魔の森に地炎獣が出たそうです! これからドリファ軍団が討伐に向かうと」


「地炎獣……」


 地炎獣は強力な魔物だ。象の三倍もある巨大な体と熱を帯びた固い外殻を持ち、炎を吐く。通常の武器では攻撃が通らないので、攻城用の強力な兵器を持ち出して討伐が行われる。


「アウレリウス様は、大丈夫かしら」


 ユーリは手を握りしめた。そんな彼女の手を取って、ナナは言う。


「大丈夫ですよ。ドリファ軍団は負けません。必ずこの町を守ってくれます」


「うん。そうよね」


 今、ユーリにできることはなにもない。

 未だ響き渡る鐘の音と、軍団の駐屯地から上がる緑と赤の狼煙を耳と目に入れながら、ユーリは祈るような気持ちでその場に立ち尽くしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る