第66話 マンドラゴラの畑
先ほどからユーリの話を聞いていた男性が、腕を組んで考え込んだ。
「魔物の栽培、アリかもしれませんな。黄色マンドラゴラは、カレーで使う重要なスパイスだと聞きました。いちいち魔の森まで行かないで畑で穫れるなら、その方がいい」
「ちょっと、トマス」
彼のパートナーらしい女性が袖を引いた。
「さすがに、無茶でしょ」
「だが、マンドラゴラくらいなら俺でも倒せるぞ」
「耳栓さえありゃあ、あまり問題ない奴らだよな」
「たまに歩いている姿を見るが、動きはのろい。柵で囲っておけばどこにも行けないだろう」
彼らはユーリを横目にわいわいと話し始めた。冒険者と農夫としての経験が合わさって、予想外の反応を起こしたようだった。
「ユーリさん。畑で黄色マンドラゴラが穫れたら、いいですよね?」
やがてトマスが意を決したように言った。
ユーリはうなずく。
「もちろんよ! でも、ここは町に近いわ。町の人と、畑の面倒を見る人に危険がないのが絶対の条件になる」
「そうですね。じゃあ柵で囲いをしっかりして、最初はほんのちょっとだけ植えて……」
「ここに小屋を立てて、交代で見張るのはどうでしょう」
「あとは……」
と、冒険者たちは口々に考えを話し始めた。
場所は変わって、アウレリウスの執務室。
「……というわけで、畑に黄色マンドラゴラを植えたいんです!」
意気込むユーリの背後ではトマスと彼女の妻ベラが、不安そうに立っている。
「畑に魔物を」
アウレリウスはそれだけ言って、少し黙った。呆れたような、吟味するような光が紫の瞳に灯っている。
ユーリは続ける。
「黄色マンドラゴラはほとんど動きませんし、まれに土から抜け出して歩いてもとても遅い動きです。引き抜いたときの叫び声以外は、攻撃性も特にありません。球根で増えるタイプの魔物なので、種が飛んで広範囲に広がることもない。危険性は低いと考えます」
「きみの言い分は一理ある」
アウレリウスは低い声で言った。
「黄色マンドラゴラはカレーに欠かせない重要な食材だ。そして魔物である以上、採集に危険が伴う。であれば魔の森に分け入って探すよりも、畑に養殖……栽培というべきか。栽培で安定した数を確保するのはよいだろう」
ユーリの期待に満ちた目を、だが、アウレリウスは冷たく封じた。
「この計画はこのままでは甘い。第一に畑の位置が町と街道に近すぎる。万が一にマンドラゴラが柵を抜け出したり、通行人や町人が引き抜いたりなどして被害が出た場合、『魔物の被害』が喧伝されるだろう。そうなればカレー事業に支障が出る」
アウレリウスは執務机の上で指を組み直した。
「せっかく『魔物肉』『魔物の食材』の嫌悪感を乗り越えて市民たちが受け入れ始めたのだ。危険が身近にあるとなれば、一気に揺り返しが来るのが目に見える」
「そんな……」
ユーリは口元を引き結んだ。背後ではトマスとベラも厳しい顔をしている。
「ゆえに、栽培の場所を変える。場所はウルピウスの防壁の向こうだ。これは譲れない」
ユーリはアウレリウスを見た。彼の紫色の瞳は、少し苦笑しているようにも見える。
「防壁の向こうであれば、もしもマンドラゴラが予想外の動きをしても町に被害は出ない。兵士の詰め所である見張り塔から目視できる場所に、畑を作る。防壁の向こうに拠点を作るのは難しいので、担当の冒険者は栽培の世話と監視とで毎日通ってもらう。それでどうだ?」
「はい!」
「いいですね!」
思わずトマスが声を上げて、慌てて口を手で押さえた。
「黄色マンドラゴラの栽培のためには、生け捕りにしてこないといけませんね」
ユーリが言って、みながうなずいた。
トマスが手を挙げた。
「俺が行きます。言い出しっぺだし、今まで何度かマンドラゴラの採集依頼を受けてきましたから」
アウレリウスはちらりと彼を見る。
「お前の冒険者ランクは?」
「Dです」
冒険者ランクはAからEまでの五ランクに分かれている。D ランクは中堅どころのやや下だ。
なお特例的にSランクも存在する。Sランクはユピテル全土を見ても、ユリウスとほんの数人しか存在していない。
「心もとないな。相手がマンドラゴラとはいえ、ある程度の数を生け捕りにしなくてはならない。Bランクの冒険者複数に依頼を出そう」
アウレリウスは机の横からパピルス紙を取り出して、内容をさらさらと書いた。くるりと巻いてひもで結びつける。
「ユーリ、この書簡をギルド長のガルスに渡してくれ。彼が最適な人員を手配してくれるだろう。トマス、お前は彼らに同行するように」
「はい!」
「はい、分かりました」
かつては仕事をさぼってばかりのガルスであったが、最近は心を入れ替えて働いている。ましてやアウレリウスからの依頼で、ユーリのカレー事業に関わるものとなれば、張り切って手配するだろう。
こうして、黄色マンドラゴラ栽培計画はスタートした。
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