第65話 町外れの畑


 カレーに入れる魔物肉は、ホーンラビットとアウィスバードが定番になった。これらの魔物は魔の森のいたる場所にいて、狩るのも難しくない。

 冒険者ギルドの解体師が、血抜きの仕方や皮の剥ぎ方を定期的にレクチャーしている。おかげでその場で狩って魔物肉を食べる冒険者がずいぶん増えた。

 その場で食べる以外にも、それらの魔物は肉や毛皮・羽毛の需要がある。冒険者たちは必要に応じてに狩って持ち帰るようになった。


 そして、それら魔物の狩った場所や、他種類の魔物を見かけた数を、冒険者ギルドで記録している。

 以前ユーリが倉庫システムを改善したときに考えた、魔物の生息域の推測地図作りだ。

 黄色マンドラゴラのように有用な魔物の生息地が分かれば採集がはかどる。

 逆にフォレストスネークのような危険な魔物を見かけた場合は、警戒マップに書き込む。

 まだまだ動き始めたばかりであるが、ユーリは少しずつ魔の森の地図を作って行きたいと考えている。







 カムロドゥヌムの町の東側では、最近、畑の開墾が進められている。カレーに使うハーブやスパイスを栽培するためだ。

 同時に周辺の農村にアウレリウスの名で通達を出して、スパイス類の栽培を奨励した。税の優遇と今までよりも高めの価格での買い取りを知らせると、多くの農家が意欲を見せた。

 もともと、スパイスやハーブは農家が自家消費のために少量作っていたものが多い。

 その中でもカレーに適した種類を知らせて、栽培を増やしてもらう手はずである。


 畑の開墾はとりあえず小規模に行っている。

 ブリタニカ属州は冷涼で雨の多い地域。小規模な畑であれば灌漑を行わずとも自然の雨だけでやりくりできるだろう。

 カムロドゥヌムは南に山脈を背負い、三方を平原に囲まれている。

 山脈からの河川や小規模な沼地なども点在しているので、農業をするには悪くない土地だ。

 ただし魔の森の危険性があるため、要塞都市としてのカムロドゥヌム以外は、少し離れた場所に農村が点在するのみである。

 ウルピウスの防壁が完成して以来十年、八年前の魔王竜出現もあり、周辺の農地開拓は進んでいなかった。


 栽培条件として温暖な気候を必要とする作物は、輸入に頼らざるを得ない。

 カレーに使うスパイスは特に貴重というわけではないが、急に消費量が増えれば市場に混乱を招く。

 アウレリウスは先手を打って、商人ギルドに常よりも多い量のスパイスを運び入れるよう契約を交わしておいた。







「こんにちは、皆さん!」


「ワン!」


 ある夏の晴れた日、ユーリは開墾中の畑まで足を伸ばしていた。シロも一緒だ。


「やあ、ユーリさん」


 クワを振るっていた三十代くらいの男性が顔を上げる。額から顎まで、汗が流れている。


「進み具合はいかがですか?」


「まあ、ほどほどだねえ。牛を使わないで手作業だから」


 男性は首にかけていた布で汗を拭った。

 通常、開墾作業には牛を使う。が、今回は小規模ということで手作業なのだ。

 畑では数人の男女が働いている。男性は冒険者、女性はその連れ合いだった。


「俺らは食い詰めて冒険者になったが、狩りはどうにも苦手でよ。土を触って仕事になるなら、そっちのがいいや」


 そんなことを言って笑っている。

 ユーリはそんな彼らに水筒からコップに水を注いで配った。


「こりゃどうも。……んん? この水、味がついてるな。果物をしぼったのかい?」


「ええ、オレンジをしぼりましたよ。それにハチミツと塩をほんのちょっぴり」


 ユーリが笑って言うと、彼らは目を丸くした。


「そりゃあ贅沢だ! なんだって水にそんなものを?」


「ただの水より、体に染み通りやすくなるんです。いっぱい汗をかいていたでしょう。体がカラカラに乾いてしまう前に、ちゃんと水を飲んで下さいね」


「ワン」


 熱中症を心配してのことだ。

 いくら涼しい土地でも、夏の真っ昼間に肉体労働をすれば流れるような汗が出る。

 カレーのお陰で栄養状態は少し改善したが、水分の重要性は変わらない。


 ユーリは彼らと話しながら、畑の様子を見た。

 予定地の半分ほどはよく耕されており、深く返した黒い土が湿り気を帯びてきらきらときらめいている。


「良い土でしょう」


 男性が言って、ユーリはうなずいた。シロは足を泥んこにしながら畑を走り回り、嬉しそうだ。


「どんなスパイスを栽培するか、今から楽しみね」


「あぁ、それですが」


 彼はちょっと残念そうに頭を掻いた。


「カレーに使うスパイスは、南のものが多いんです。このあたりでも作れるは作れるが、春の遅い時期に種をまいて夏から秋に収穫ってとこですね。つまり今年は間に合うかどうか、ぎりぎりです」


「あら……。そうだったのね。間に合えばいいけれど、どうなるかしらね……」


 予想はしていたが、ユーリは少々がっかりした。


「でも、せっかく畑を作ったのに。もったいないわ」


「冬になれば、ここらは雪が積もりますからなあ。ま、また来年です」


「そうですね」


 ユーリはうなずいて、ふと思いついた。


「黄色マンドラゴラは、植えられないかしら」


「えっ」


「マンドラゴラを、植える?」


 周囲の人々が思わず、といった雰囲気で眉を寄せる。ユーリは慌てて手を横に振ってみせた。


「ただの思いつきなの。マンドラゴラは、北の魔の森に行けば大人しく土に植わさっているじゃない? あれを畑に連れてきたら、どうなるのかなって」


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