第52話 ユリウスの内心
ユーリが嬉しそうに首から下げた魔道具を見て、ユリウスはすぐにその作り手を察した。彼にとっても馴染み深い、アウレリウスの魔力がたっぷりと込められていたからだ。
(やれやれ、従兄殿。魔道具とはいえ、女性に瞳の色の装身具を贈るなんて。勘違いされても仕方ないよ。それとも――)
内心の含み笑いを押し殺し、ユーリを見る。
(案外、本気だったりして。あの堅物の心を動かしたのなら、このお嬢さんは大したものだ。……確かに彼女は興味深い人ではある。深い見識と発想力、努力を惜しまない姿。すごい美人というわけではないが、帝国の首都ですらあまり見ない、漆黒の髪と瞳、象牙色の肌。気になるね)
「じゃあ、始めるから。ユリウス、聞いてる?」
ユーリが言って、ユリウスは我に返った。
「聞いてるよ。無理はしないでね」
「分かってる!」
ユーリはハンカチを三角に折って顔に当て、頭の後ろで結んだ。そろりそろりと唐辛子の木に近づいていく。小犬が心配そうに見送っている。
なんとも命知らずだな、とユリウスは思った。先程あれだけぐずぐずに涙が出たのに、もっとひどい場所へ自ら踏み込もうとしている。
命知らずではあるが、無策ではない。手持ちの札から最善を選んで行動している。
(うん――アウレリウスの気持ち、少し分かるかも。頑張ってる子は応援したくなる)
それに、と彼は思い起こした。
アウレリウスとの八年の断絶。その雪解けの手伝いをユーリはしてくれた。真っすぐで理知的な言葉は思いやりが感じられて、頑なだった自分たちの心を解かしてくれた。
カレー作りの腕も見事で、アウレリウスと交わした町のありようについての議論もなめらかだった。
(あぁ、残念。ユーリが年上なら、ちょっと本気で口説いてみたのに。彼女、二十歳になるかならずか、くらいか。あのくらい若いといまいち食指が動かないなあ。女性はもう少し熟した魅力がある方がいい)
そんな益体もないことを考えながら、ユリウスも袋を広げる。
「わわわ! 飛んできた! ユリウス、ロビン、ヴィー! お願いね!?」
戦うすべを持たないユーリは、唐辛子の木としても警戒度が低いらしい。飛ばされた実はそう多くなく、冒険者たちはさしたる苦労もせずに袋で実を受け止めていく。
袋の中で実が弾ける感触がするが、唐辛子の粉は袋の外までは出てこない。袋からうっかり漏れないよう注意しながら、ユリウスは順調に袋の中の唐辛子を増やしていく。
と。
飛ばされた実の一つが思ったよりも飛距離が出ず、ユーリの手前に落ちた。ぼふん! とわき起こる赤い煙に、ユーリが慌ててその場を離れている。
多少は巻き込まれてしまったはずだが、魔道具のおかげだろう。特に涙は出ていなかった。
彼女の胸元で、革紐に結ばれた紫がきらりと光る。
(……おや?)
ユリウスは心がちくりと痛むのを感じた。ユーリとアウレリウス。二人の面影が脳裏をよぎる。つい先日知り合った女と、長い付き合いの大事な従兄。その二人が重なって見えて、正体不明の痛みになった。
と、慌てたユーリが転びそうになったので、袋を置いてから抱きとめてやる。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。……ところで、その魔道具。ちょっと魔力が消耗しているね。充填してあげよう」
ユーリの答えを待たず、ユリウスは魔道具を指先で触った。敬愛する従兄の気配がする。
上書きするように魔力を流し込む。本当のところを言えば、消耗はわずかで充填の必要はなかった。少しの魔力の反発を感じるが、流し込み続ければやがてユリウスの力が勝った。
「はい、できあがり」
紫に金色をまとっていた魔道具は、今や幾筋もの銀色が混じっている。ユリウスの色だ。
その色合いに満足して、彼は指を離した。
「ありがとう……?」
ユーリは目を見開いている。その中にわずかな失望を見つけて、ユリウスの心がまた痛んだ。
「どうかしたかい?」
「あぁ、いえ。魔力を補充すると色が変わるのね」
「うん。魔力は人によって違う色をしているからね。それが何か?」
「……何でもないわ」
ユーリは一度目を伏せて、上げる。既に失望の色は消えていた。
「ありがとうね、ユリウス。唐辛子はだいぶ集まった?」
「いいと思うよ」
ロビンが袋の口を縛りながら答える。ユリウスとヴィーの袋も赤い色に染まっていた。
「よし、やったわ。これで『辛味』が手に入った。カレーと魔物肉の味にバリエーションが増やせる」
ハンカチのマスクを取って、ユーリは嬉しそうに笑う。
「町のみんなとアウレリウス様、喜んでくれるかしら。この国は栄養が行き届いていない人が多いものね。少しでも助けになりたい」
その言葉に、ユリウスはアウレリウスとの仲を修復した日を思い出す。
『よりよい町を作って、人々に幸せに暮らしてほしい。そんな思いは、同じなのではないでしょうか』
従兄弟たちの説得の最後、彼女はそう言っていた。
その言葉は、ユリウスに小さな衝撃を与えていた。
彼はずっと魔物への復讐ばかり考えていて、その後のことを意識していなかった。
何のための復讐で、それを果たした後はどうしたかったのか。そんな根本的な思いを彼女の言葉で思い出したのである。
(ユーリは僕の先にいる、のか……)
復讐はまだ果たされておらず、彼の行動が変わることはない。
けれどあの日に受けた小さな衝撃が、次第に大きな反響となって彼の内部に響いていく。
――その気持がどう変化していくかは、まだ誰も知らない。
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