第51話 唐辛子を入手せよ


 くしゃみの木こと唐辛子の木は、ユーリたちを警戒するようにゆらゆらと枝を揺らしている。

 枝からぶら下がる真っ赤な唐辛子。先ほどの炸裂する様子を思い浮かべて、ユーリは鼻がむずむずしそうだ。

 唐辛子スプレーは地球でも護身グッズや野生動物対策に使われていた。その効果は推して知るべし。


「近づいたら無差別にあの実を飛ばしてくるから。遠距離でゲットするしかないんじゃない?」


 ロビンが言う。彼は弓使いだ。まさに遠距離攻撃の使い手である。


「じゃーまず、俺がやってみる。矢で実を落とすぜ」


 彼は弓に矢をつがえた。使い込んだ木と鉄を組み合わせた弓だった。

 放たれた矢は正確に唐辛子の一つを狙い、実と枝とを繋ぐ部分を射抜く。矢は葉の間を通って向こう側に落ちた。幹に突き刺さったら刺激になるという配慮だろう。

 ぽとり、唐辛子が地面に落ちた。衝撃が少なかったせいか、赤い煙は立っていない。


「わっ! やったね!」


 ユーリは手を叩くが、他のメンバーは苦笑いしている。


「で、あの実をどうやって取りに行けばいいと思う?」


「うっ……」


 ユリウスに言われて、ユーリは言葉に詰まった。近づけば別の実を投げつけられるのだ。かといって、実を全て落とすには数が多すぎる。


「長い棒でそうっと拾うとか?」


「一応、やってみようか」


 そこで彼らは落ちている枝を拾ってきて数本組み合わせ、三メートルほどの棒を作った。枝の先端に細かく切れ目を入れて、唐辛子を引き寄せやすくした。

 ユリウスが棒を持って近づく。けれど三メートルの距離では近すぎたらしい。棒が届くだいぶ手前で唐辛子が飛んできた。それもポメラニアンのときよりもかなり多い数である。

 ユリウスは棒を置いてさっさとその場を離れた。仲間たちと距離を取った場所から木に接近したので、森の一部が赤く染まっただけで誰にも被害は出ていない。


「これ以上、棒を長くするのも使いにくいし。この作戦は無理かな」


 戻ってきたユリウスは肩をすくめている。

 ユーリは腕を組んで考え込んだ。


「魔法はどうかしら。ヴィー、落ちている実を引き寄せるような……例えば風をこちらに吹かせて転がすようなことはできない?」


「できる。やってみる」


 ヴィーは一歩前に出て軽く手をかざした。手のひらが淡く発光して、唐辛子の木の根元で風が巻き起こる。

 風に押されて地面の唐辛子が転がり始めた。ユーリは声を上げる。


「あっ、いい感じじゃない? ……うわ!?  わーっ、ストップ、ストップ!」


 ところが魔法の風が刺激になったのか、転がった唐辛子が炸裂した。ちょうどユーリたちに向かって吹く風が起きていたので、真っ赤な霧が流れてくる。


「へくしょん、へくしょん!」


「はくしょん!」


 ユーリとポメラニアンがくしゃみをする。その横でヴィーが改めて風を操作して、それ以上の被害は拡大しなかった。

 なお、ユリウスとロビンは素早く動いて赤い霧の外に出ており、無事だった。


「て、手強い……!」


 ユーリは涙が溜まった目で唐辛子の木を見た。

 あれは近づかなければただの無害な木である。なのに唐辛子を取ろうとしたらこの有り様だ。


「もう諦めたら? 黄色マンドラゴラがあれば、カレーは完成なんだろ?」


 ロビンは呆れ顔をしている。


「そうだけど、完成を超えて究極を目指したいじゃない!」


 ぐすぐすと涙をぬぐって答えるユーリに、ユリウスはハンカチを渡してくれた。


「素晴らしい探究心だね。ユーリには笑顔でいてほしいけど、泣き顔もキュートだよ。グッときちゃう」


「……それはどうも」


 ユーリはユリウスのこういう軽薄な態度があまり好きではない。からかわれていると思っている。

 ハンカチで涙を拭き取って、改めて唐辛子の木をにらんだ。諦めてたまるか、と思った。







 それからしばらくユーリは考え込んで、やがて一つ思いついた。


「発想を逆転させましょう。投げつけられていいし、赤い煙を出していいのよ。その代わり、広げないようにする」


「というと?」


 ユリウスが合いの手を入れる。完全に面白がっている様子である。


「投げてくる速度はそこまで速くなかったよね。だったら、袋で受け止める」


「あー、なるほど」


 ロビンがぽんと手を叩いて、ロバの背に乗せていた大きな袋を取り出した。


「わざと実を飛ばさせて、袋で受け止めて収穫。いいじゃん。やってみよ」


「じゃあ、その犬がおとりの……生贄役」


 ヴィーが言って、足先でポメラニアンのお尻をつついた。小犬は「ヒャン!?」と情けない声を出している。

 ユリウスもうなずいた。


「そうだね。僕たち人間では木を警戒させすぎて、一度にたくさんの実が飛んでくる。さっき、そいつが近づいたときはちょうどいい数だった。よし、行けよ」


「ヒン……」


 ポメラニアンは耳をぺったりと後ろに下げて、ぶるぶる震え始めた。

 ユーリは小犬をいじめている気分になってしまう。


「あ、そうだ!」


 一つ思い出して、ユーリは自分の荷物袋を探った。袋の底の方から取り出したのは、紫色の魔道具。

 倉庫整理をしていた頃、アウレリウスにもらった空気浄化の魔道具だ。

 それなりに貴重なものなので、ユーリはアウレリウスに返却を申し出たのだが、彼は「そのまま持っていてくれて構わない。というか、人前でそれを出すのはやめてくれ」と言ったのである。


(あ。人前で出しちゃった。けどまあ、人といってもユリウスたちだし。緊急時だから仕方ないよね)


 そんなことを思いながら、ユーリは魔道具を首に下げる。


「よし、あとはハンカチでマスクをすれば、少しくらいの毒は大丈夫。私がおとりをやるわ!」


 張り切るユーリは、ユリウスが複雑な目で紫色を眺めているのに気づかなかった。



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