第48話 じゃがいも疑惑
――これ、じゃがいもじゃない?
ユーリは思う。見れば見るほど、地上に出ている部分がそっくりなのだ。
毒がある話もつじつまが合う。じゃがいも毒は芽や緑色に変色した部分に多く含まれていて、食べると下痢や頭痛、めまいを引き起こす。
でも、と、ユーリは考えた。
どうしてこの魔の森では、こんなにも都合よく食材が存在しているのだろう。
ユピテル帝国式に考えれば、土地の魔力が乱れているせいで通常とは違う植物・魔物が発生しているといえる。地球とは違う世界で魔力や魔法があるのだから、考えても仕方ないのかもしれない。それでもユーリは疑念に胸が騒ぐのを感じた。
「とりあえず、じゃがいもは掘って確かめてみないと」
ユーリは呟いた。
じゃがいもは花が咲いているものは、まだ収穫時期の前だ。花が終わって葉が枯れかけた頃合いが、地下のじゃがいもが成熟するときである。
ユーリはきょろきょろと周囲を見渡した。じゃがいもマンドラゴラ(?)はほとんどが花を咲かせていた。
ユーリは立ち上がって草陰なども丁寧に探した。すると、花が終わったと思われる個体が見つかる。まだ葉は枯れていなかったが、確かめる程度ならいいだろう。
「このマンドラゴラを抜きたいです」
「了解。耳栓つけてね」
ユリウスに言われて、ユーリは耳栓をつける。荷運びのロバの耳にも詰めた。他のメンバーはそのままだ。一体程度のマンドラゴラであれば、耳栓なしでも平気らしい。
手袋をはめて茎の根元を握る。魔物のじゃがいもは気配を察知したようで、ぶるぶると震えた。
力を入れて一気に引っ張った。ぶちぶちと繊毛が千切れる感覚がする。
「~~――~~~~~ッ!」
マンドラゴラが叫んだ。飛び出してきたのは小さな根茎たち。やはりどう見てもじゃがいもだった。
ユーリが根っこでつながったままのマンドラゴラを地面に叩きつけると、ユリウスが素早く剣を振るって茎の根元を切ってくれた。
じゃがいも(?)はまだ小ぶりで熟していない。食べるのはまだできないだろう。
それでもユーリは土を払い落として、袋に入れた。
「毒マンドラゴラ、何に使うんだい?」
ユリウスが不思議そうにしている。
「一応持ち帰って、調べてみようと思って。黄色マンドラゴラはもう少し欲しいけれど、収穫したらなるべく素早く下ごしらえをしたいの。収穫は明日にして、もう少し別の場所を探してみてもいいかしら?」
「うん、いいよ。ただしあまり森の奥には行かないでね」
ロビンが答えて、一行はさらに先に進んだ。
結局、その日はそれ以上の目立った発見はなく、夕暮れ時になってしまった。
大きな木の根元にスペースを取って、野営の準備をする。簡易的なテントと寝袋である。
魔法使いのヴィーが小さな火を作って、焚き火に灯す。
ロビンが近くの泉から汲んできた水を鍋に入れる。水には浄化の魔道具が落とされた。いつぞや、アウレリウスが目の前で作って見せてくれたあれだ。この魔道具は普及していて、調理時の他に水筒にも入れられている。
それからロビンは麦粥を作ってくれた。具は少々の干し肉だけの味気ないものだった。
「ほらね、狩り中は毎日こんな食事なんだ。一日や二日なら我慢するけど、長期になるとやる気が削がれちゃうよ」
ロビンの言う通り、麦粥はおいしいとはとてもいえない。温かいだけまだマシといったところだ。これで冷めていたら、食べるのに苦労する味だろう。
ユーリは苦笑しながら言った。
「本当ね。ずっとこればかり食べると思うと、力が出なくなっちゃうわ。もう少しおいしくて、力になるような携帯食を考えてみる」
「頼むよ! ほんとに!」
そんなことを話しながら夜が更けていく。
焚き火用の小枝を折りながらユリウスが言った。
「僕たちが交代で夜番をするから、ユーリは休んでいてね」
「私にできることはない?」
「うーん、今はないなあ。ゆっくり休んで体力を温存してほしい」
一般人のユーリは、冒険者である彼らに比べて体力が大きく劣る。なるべく足を引っ張らないように休んでおくべきだろう。
テントが張られたので、ユーリは中に入る。寝袋の中に潜り込んで、早めに眠ることにした。
夜の森は案外騒がしい。何かの魔物の遠吠えや、遠くでガサガサと草木が揺れる音、ふくろうのような鳥の鳴き声がする。
一日中歩き回っていたユーリは、疲れ切っている。夜の森の物音の中、やがてウトウトと眠りに入っていった。
寝入りの曖昧な意識の中、だんだんと眠りに落ちていって……。
――見つけた。
ふと、何かの声が聞こえた気がした。鈴を転がすような可愛らしい声だった。
――やっと見つけた。間違いない。今、そっちに行くね。
夢うつつのユーリはぼんやりとその声を聞く。
目の前を何か白いものがふわふわと漂っている。何だろう、見覚えがあるような。いつかの夜に見たような、見ていないような……。
ふわふわが顔の前を行き来して、ユーリは鼻がむずむずした。
「はくしょん!」
くしゃみが出る。
すると、ふわふわが驚いたように飛び上がって鳴いた。
「キャン!」
「え?」
ここでユーリはしっかり目が覚めた。テントの暗闇の中に白い小さなものがいる。それは小犬のように見える。
「ヘッヘッヘッヘッ……」
ポメラニアンのような小さな生き物が、つぶらな瞳で寝袋のユーリをのぞき込んでいた。
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