第47話 もう一つの白い花


 ユリウスが笑いながら言う。


「ま、そんなわけでね。黄色マンドラゴラの代金はいらないよ。その代わり、例の約束をよろしくね。カレーが完成したら、僕に一番に食べさせてくれるってやつ」


「も、もちろんよ。黄色マンドラゴラは、ファルトに――最初に魔物肉を食べようと言い出した男の子に頼んで、下ごしらえをしてもらってるわ。二週間くらい天日干しをして、十分に乾燥させたらスパイスとして使えるはずなの」


「二週間か。けっこうかかるね。待ち時間の間に魔の森に行ってみたかったら、ぜひ声をかけて」


「ええ、ぜひ!」


 魔の森にはシナモンらしき木があったし、他にもユニークな素材がありそうだ。黄色マンドラゴラももう少し量を確保しておきたい。

 ユーリは喜んで声を上げ、次に肩を落とした。


「ああ、でも、またあの蛇のような魔物が出たら困るわね……」


「大丈夫じゃない?」


 気軽に答えたのはロビンである。


「森の浅い部分であんな大物が出るのはめったにないし、たとえ出てもちゃんと勝てるよ。準備はしっかりやって行くから」


「そう……?」


「うん。それよか、カレーが楽しみ。俺ら冒険者は長いこと町を離れて狩りをするだろ。でも携帯食はマズイのばっかで嫌になってたんだ。魔物肉をその場で狩ってカレーにできるようになったら、すごく助かる」


「分かったわ。カレーももちろんだけど、携帯食も考えてみる」


「マジで? やったね、頼むよ、ユーリさん!」


 ロビンが無邪気な笑顔を見せる。

 分配の話はまとまって、ユーリはカレーと携帯食への気合を新たにした。







 それからのユーリは冒険者ギルドの仕事をしながら、黄色マンドラゴラの干し具合を確かめたり、魔物肉により合うスパイスを追究したりして過ごした。

 携帯食についてもアイディアがあったが、今は手を付けるにはなかなか時間が足りない。

 倉庫の仕事は順調に回っている。最近はナナがとてもしっかりとして、経理と素材管理の書類仕事を引き受けてくれた。

 荷運び人たちとの関係も良好で、挨拶や冗談を言い交わして笑い合っている。お互いに気づいたことをすぐに相談できる、風通しのよい職場になった。

 倉庫は今は先日の整理の効果ですっきりとしているが、日常的に多くの素材を出し入れしていれば、やがて多少は雑然としてくるだろう。ユーリは半年に一度、棚卸しを行うことに決めて、手順のマニュアルなども作った。


 ユーリの仕事はそれなりに忙しく、なかなか北の森に行く時間を取れないでいた。

 するとユリウスが冒険者ギルドにやってきて、


「ねえ、ユーリ。次の護衛はまだかな? 僕、暇してるんだけど」


 などと言う。

 ユリウスは超一流の冒険者で、この地方の有力貴族グラシアス家の一員でもある。冒険者ギルドのギルド長であるガルスも頭が上がらない。

 それで他の職員たちが協力してユーリの仕事を減らし、二回目の探索の日が決まった。







 探索日の朝、前回と同じようにカムロドゥヌムの北門に集まる。日程はとりあえず、一泊二日の予定である。

 今回はアウレリウスは同行しない。代わりにユリウスの仲間の女魔法使いがいた。


「ヴィーよ。よろしくねえ」


 ヴィーは二十代前半ほどに見える女性で、赤い髪に緑の目。眠たげな瞳をしていた。

 ウルピウスの防壁を抜けて、森に着くまでは特に問題なく進む。

 前回、シナモンらしき木を見つけた場所に行ってみた。ロビンが辺りを警戒して、魔物をいないことを確認してから近づいた。


「やっぱりシナモンそっくり」


 ナイフで樹皮を少し削り取って、ユーリが言った。つやつやした卵型の葉っぱをしており、樹高はかなり高い。十メートルはありそうだ。緑色の分厚い樹皮を削いだ場所から、シナモンのスパイシーな香りが漂っていた。


「シナモンには何種類か近縁種があるの。でも、さすがにどの種類かまでは分からないわ」


 ユーリは考え込んだ。

 地球のシナモンはおおむね三種類。本来のシナモンであるセイロンシナモン。これが一番高価で香り高い。

 インド原産のカッシアシナモンや日本在来のニッキも近縁種で、セイロンシナモンより安価なためによく流通していた。

 ユリウスが言う。


「木の樹皮がスパイスなんだね。どうやって収穫するのかな?」


「樹皮を剥がして天日干しで乾燥させるの。ここは森の入口だから、帰りがけに採っていきたいわ」


「了解。じゃあここを覚えておいて、また後で来よう」


「ええ。次は黄色マンドラゴラがたくさん生えていた場所に行きたい。フォレストスネークに出くわした場所」


 ユーリの言葉にロビンがうなずいた。


「オッケー。もう危険はないと思うけど、索敵しながら進むよ」


 そうして再びたどり着いた森の広場は、まだいくらかの黄色マンドラゴラが残っていた。白い花とピンクの花が入り交じっている。

 ユーリは辺りを見渡した。周囲の気配は落ち着いており、特に危険は感じられない。


「あっ。あそこ」


 ユーリは広場の隅に駆け寄った。そこには白い小さな花をつけた植物が生えている。黄色マンドラゴラとはまた違う花だ。

 草丈は六十センチ程度で、縦長のとがった葉っぱ。五芒星のような形の白い花が、てっぺんに複数咲いている。

 ユーリにとって見覚えのある形だった。


「これもマンドラゴラかしら?」


「そうだね。これは毒がある種類のマンドラゴラだ」


 ユリウスが言って、ユーリは振り向いた。


「毒?」


「昔、これの根っこを食べた冒険者がいたんだよ。狩りの途中で食糧が尽きて、やむにやまれぬ状態だったみたいだね。そうしたら、腹を壊した上に吐いて、頭痛やめまいが起きて死にかけたそうだ。彼は命からがら帰還して、星の形の花のマンドラゴラは毒があるとみなに伝えてくれた」


「うーん……」


 ユーリは思った。毒の症状が『アレ』そっくりだ。ますます怪しい。

 

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