第46話 分配
カムロドゥヌムの町まで戻ってきたユーリたちは、翌日に再集合することになった。場所はアウレリウスの執務室である。
いつものアウレリウスは午前中が忙しい時間帯なのだが、今日は朝一番で集まった。
「軍団長の仕事は、暇なのかな?」
ユリウスが茶化して言って、にらまれている。
「三日の予定が一日で帰ってきたのだ。時間の余裕はある」
アウレリウスはそう前置きして続けた。
「素材の買い取りについて話しておこうと思ってな。ユーリ、フォレストスネークの顎下のウロコは、私が買い取りたい」
「え?」
ユーリは戸惑ってアウレリウスを見た。
「私としては構いませんが……。分配する意味では、どうなんでしょうか?」
今度はユリウスが答える。
「相場で買い取ってくれるのであれば、誰に売っても構わないよ。売却費をメンバーの頭割りで分配するから。まあメンバーの買い取りであれば、自分の分配分だけ安く買えるとも言える」
「分かったわ。それなら、アウレリウス様に売ります」
「うむ。助かる。フォレストスネークのウロコの相場は、金貨五枚程度か?」
「そんなとこじゃない?」
と、ロビン。ユーリは軽くめまいを感じた。
「けっこういいお値段ですね……」
金貨一枚は日本円の感覚だと、ざっくり二十万円くらいだ。金貨五枚であっさり百万円である。ユーリのお給料では何年も頑張って貯金しないと買えそうにない。
ユーリは今まで、カレー用のスパイス等は自腹で用意していた。魔物肉はタダでニンジンや玉ねぎなどは冒険者ギルドの厨房のあまりをもらっていたので、そこまででの負担ではなかった。
ユーリとしては一応、スパイスの代金を経費で請求するべきか迷っていたのだが、こんなところで大口の収入が入ってしまったので、相殺でいいかな……などと思う。
ロビンが続ける。
「分配人数は、ユーリさん、アウレリウス様、ユリウス、俺、それに兵士さん二人で六人と。んーと、一人頭銀貨十六枚と銅貨六枚、余りはユーリさんにプレゼント」
「俺たちにもいただけるのですか」
兵士たちが喜んでいる。アウレリウスは微笑んだ。
「もちろんだ。黄色マンドラゴラの採集の他、蛇の後始末などでしっかり働いたからな。まあ、同じ隊の連中に酒でもおごってやるといい。私からもいくらか出そう」
「ありがとうございます! だが、飲んべえの仲間におごるとなると、ほとんど飲み代に消えそうだ」
兵士たちが笑う横で、ロビンがさらに続ける。
「あとはー、フォレストスネークの魔石。これも相場なら同額の金貨五枚はくだらないはずだぜ。土と火の二重属性だし、魔道具協会あたりが欲しがるんじゃない?」
「そうだね。直接交渉しに行って、すぐに売れなかったら冒険者ギルドに預けてもいい」
と、ユリウス。ユーリは聞いてみた。
「冒険者ギルドに預けるとは、どういうことですか?」
「高額だったり希少性は高いが使い所が限られていたりする素材は、すぐには売れない場合もあるだろう。冒険者が価格交渉を続けるのは本業の狩りに支障が出るからね。冒険者ギルドが一度相場の八割程度で仮に買い取って、売却先を探すんだ。八割以上の価格で売れたら、冒険者ギルドが手数料を取って冒険者に払い戻し。一定期間売れなければ、八割の価格で正式に買い取り、もしくは素材と代金の返却になる」
「ははあ……」
冒険者ギルド職員であるユーリは、恐縮しながら話を聞いた。
「すみません、本当は私の仕事でもあるのに……」
ユリウスは苦笑する。
「仕方ないよ、ここのところのカムロドゥヌムじゃ、あまり高級素材は出ていなかったみたいだし。ユーリの担当は倉庫だっけ? 高級素材は冒険者ギルドの特別な金庫に入れられるから、直接は関係ないね」
「ううっ、勉強不足です」
ベテラン冒険者のユリウスとキャリアが違うとはいえ、肩身の狭いユーリであった。
「そうだ、それから黄色マンドラゴラですが」
気持ちを切り替えてユーリが言う。
「これは全て私が買い取りますね。値段はどうしましょうか」
「必要ないだろう。魔物肉の食糧化は、この町の重要な案件なのだから。むしろきみが試食で使ったスパイス類を、きちんと精算するべきだ」
と、アウレリウス。
「でも……」
「ユーリはまだ就職したてで、そんなにお金もないだろう? ちゃんと自分のためにとっておいて」
ユリウスはニコニコと笑っている。
「でもどうしてもというなら、僕と一回デートでどうかな?」
「……ユリウス」
アウレリウスが額を押さえている。いかにも頭痛がするといった表情だった。
ユリウスは笑顔のまま続けた。
「僕、女性は年上専門だったんだけどさ。さすがに僕自身が今年で二十四歳だから、そろそろ年下も大人の女性になってるじゃないか。ターゲットを広げてもいいかなって」
(二十四歳! 若い! 私より三つも年下!)
ユーリは内心で叫びそうになった。
どうやらユリウスはユーリを年下と思い込んでいるらしい。東洋人が若く見えるアレである。
「…………」
ユーリの本当の年齢を知っているアウレリウスは黙ってしまった。
「あれー? だめ?」
ユリウスはくすくすと笑っている。小悪魔めいた笑みに、銀の髪がいたずらっぽく揺れている。どこまで本気か分かったものではなかった。
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