第31話 市場でお買い物
「お肉の臭み取りは、色んなハーブやスパイスを使うのがいいわ。今から市場に行ってみましょう」
ユーリのそんな言葉で、市場行きが決まった。
メンバーはユーリ、ファルト、それにナナである。ティララは午後から用事があるからと、抜けてしまった。
街路を歩いて市場に向かう。
しばらく歩けば、
フォルムではしばしば市が立っている。今日も多くの露店や屋台が並んでいて、とてもにぎやかだ。
ユーリはある屋台の前で足を止めた。その店では様々な種類のハーブやスパイスが、カゴに盛られて売られている。
その種類の多さに、ファルトが驚いている。
ユーリには雑学がある。その知識は日本のものがほとんどだが、ぱっと見る限り判別のつくものが多い。
(ユピテル帝国の食べ物は、日本とあまり変わらないのよね。助かるわ)
ユーリは内心でうなずきながら、改めて店頭の品物を見た。
手前にある種のようなハーブは、クミンだ。日本でもよく使われているスパイスで、カレーや肉の腐敗防止が主な用途。
乾燥させた葉の一つは、ヘンルーダだろうか。これは日本ではあまり使われないハーブである。酒の香り付けなどに用いられるが、弱いながらも毒があるとされる。
その横では、ミントの新鮮な葉が山盛りになっている。クミンとヘンルーダは乾燥させたものだったが、ミントは近くで採れるのだろう。
ユーリは店主に挨拶をして、いろいろなハーブとスパイスを手に取っては匂いを嗅いでみる。
その中の一つ、ある種はセロリのような匂いがした。
「店主さん、これはセロリかしら?」
ユーリが聞いてみると、店主は顔をしかめた。
「セロリなんて縁起の悪いものは、うちの店に置いていませんよ。それは味と香りが似ているだけの別物。ラビッジです」
「へぇ~。……セロリって縁起が悪いの?」
こっそりとナナに聞いてみる。
「はい。セロリの葉はお葬式のときに、死者の冠を編むのに使われます。冥界の神プルートーに捧げるハーブですよ」
「そうだったんだ」
ユーリは雑学スキルのおかげで様々なことに詳しいが、ユピテル帝国の風習については門外漢である。
食べ物を扱う以上、こういうタブーに気をつけなければ、とユーリは思った。
ユーリはそのお店で、たくさんのスパイスとハーブを買った。
さらにもう二、三軒を回って、買い物バッグがいっぱいになる。
買い物をしながら情報も仕入れた。今回売られていたハーブは、この国ではごくありふれたものばかり。だいたいが大陸本土からの輸入品か、近隣で栽培されているものである。
胡椒など一部のスパイスは値が張ったが、それ以外はお手頃価格だ。
ユーリは、ユピテル帝国の意外な食文化の豊かさを見る思いだった。
「たくさん買ったな! 俺、ハーブとかスパイスがこんなにあるなんて、知らなかったよ」
バッグを持ちながらファルトが言った。
ユーリはうなずく。
「クミン、コリアンダー、生姜。胡椒があったのはびっくりしたわ。お肉の臭み取りや腐敗防止にいいスパイスを中心に買ったから、試してみましょう」
「うん!」
冒険者ギルドに戻って、倉庫前の一角を借りた。厨房を借りようと思ったが、そろそろ夕食の支度をするそうで、邪魔をしてはいけないと思ったのである。
とりあえず今日は、小さく切った肉に各種のスパイスを合わせて焼くだけだ。ファルトの持ってきた七輪があれば厨房でなくてもいいだろう。
「まずは定番、クミンとコリアンダー」
この組み合わせはユピテル帝国で広く使われている。肉の腐敗防止になると言われていて、ピリリとした辛味のある味になる。
「う、うーん……」
焼き肉をかじってユーリは唸った。塩味のみよりは、ずっと食べやすくなっている。
けれどおいしいかマズイかで言えば、まだまだはっきり『マズイ』だ。
その後もミントやバジルをまぶしたり、胡椒とラビッジを合わせたり、何種類も試した。けれどもやはりマズイの域を出ない。
ファルトはもちろん、ナナも一生懸命に味見を手伝ってくれたが、だんだん顔色が悪くなってきた。
「やっぱり、焼くのは良くないと思うの。焼くだけで美味しいお肉は、もともといいお肉じゃないかな」
ユーリは言った。
日本の焼き肉やステーキは、肉質を競うようにして売られていた。そういうことだろう。
「煮込み料理にしましょう。しっかりアクを取って煮込めば、エグみもなくなるわ」
「前にユーリさんが作ってくれた、ホワイトシチューですか?」
ナナが顔を上げた。ようやく魔物焼き肉から離れられる期待でいっぱいの目をしている。
しかしユーリは首を横に振った。
「ホワイトシチューはソースの味そのものがこってりしているから、味の濃いお肉には向かないの。今回挑戦するのは、個性の強いお肉や食材を全て包みこんで、調和させる万能のソース」
ユーリは胸の前で手を組み合わせ、いっそおごそかな口調で言った。
「私の国のソウルフード。『カレー』よ」
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