第27話 最後の仕上げ1
力自慢の男たちの威力はさすがで、倉庫はみるみるうちに整理されていった。
倉庫の入口近く、素材がみっちり詰まってカオスになっていた部分も一度全部運び出して、みんなで掃除をした。
次に棚の並びをユーリの計画通りに直して、分類に応じた番号の札を付ける。
入出荷の頻度が高い素材を残し、棚の番号に合わせて素材を置く。
「この汚え倉庫のほとんどを、ユーリとナナ嬢ちゃんだけで掃除したんだろ。整理もけっこう進んでたな。まったく頭が下がるよ」
コッタは時々、神妙な顔でそんなことを言った。
ユーリとナナの二人がかりでも持ち上げられなかった大きな箱を、荷運び人たちは軽々と担ぎ上げて所定の場所に積んでいく。
重い棚も「せーの」で動かして、きれいに並び替える。
倉庫の一番奥にあったドアも確認した。外側に壁が取り付けられているので、近いうちに壁を外して裏口として使うことにした。
彼らはさすがに連携が取れている。手際の良い作業に、ユーリは感心した。
たった一日で作業の大半が終わってしまった。掃除をほぼ終わらせていたとはいえ、今までの時間の長さを思うと遠い目になるユーリであった。
翌日、最後に倉庫の入口近くに置く素材を並べる。棚の各所に札を取り付け、ついに完了である。
誰ともなく拍手が起きた。
ナナが興奮に頬を上気させて言う。
「すごいですね、ユーリさん! 棚と素材が番号順に並んでるから、あたしでも迷わずに素材を取ってこられます」
「そうね。それにこうやって分かりやすく並べておけば、定期的なチェックもやりやすいわ。入出庫と実在庫をきちんと把握しておけば、無駄を省ける。余計なお金を無駄にしないで、ちゃんと利益を上げていけるようになる」
ユーリが言うと、コッタも続けた。
「みなが見てると思えば、素材を懐にちょろまかす奴も居なくなるわな」
「そんなことまであったの!?」
ユーリが驚いてコッタを見ると、彼は肩をすくめた。
「おっといけねえ。まあ、昔のことだと思って忘れてくれ。……言っとくが俺はやってねえぞ」
恐らく実際にあったことなのだろう。管理されていない物資は不正の温床になりがちだ。
ナナの一人経理も、本来ならば横領などが起きてもおかしくない環境だった。
犯罪沙汰になってしまえば、誰も幸せにならない。今後は不正を未然に防ぐ体制作りにも力を入れようと、ユーリは決意した。
これからは実際の素材の動きと書類上の数字をきちんと連動させて、ガラス張りで健全な経営を軌道に乗せる。人の目があれば出来心は起きにくいものだ。
効率的な運営で働く人の負担を減らし、顧客のニーズもしっかり満たす。皆で幸せになる。
ユーリは理想のゴールをそのように考えている。
そのためにはまだまだやることがあるけれど、ひとまずの山は越えた。
鳴り止まぬ拍手の中、ユーリはすっきりと整理された倉庫の中を眺めて、ひと仕事終わった満足感を感じていた。
余談だが、荷運び人たちは全員がユーリに従ってくれたわけではなかった。
ベテラン職員の何人かが、最後まで「ぽっと出の女の言うことなんか聞けるか」と言い張って、冒険者ギルドを去ってしまった。
コッタも説得に当たってくれたのだが、どうしても分かり合えることができなかった。
ユーリは残念に思ったけれど、辞める人を無理に引き止めるのは不可能だ。
あるいは彼らは、倉庫の取り潰しは避けられないと思ったのかもしれない。
もしくは不正の当事者で、罪が明るみに出るのを恐れたのかもしれない。
ユーリはただ黙って、遠ざかる背中たちを見つめるしかなかった。
ガルスは融資の取り付けに成功した。これで当面の資金の心配はない。
「魔道具協会も錬金術協会も、鍛冶ギルドも。みんな、冒険者ギルドを頼りにしていると言ってくれたよ。個人の客たちも募金をしてくれた。ただ、次はないと言われたが」
そう言って疲れ切った、けれど充実した顔で笑っていた。
ユーリとナナも融資の詳細を見せてもらったが、なかなかの好待遇である。これならば経営を立て直す時間が稼げる。
整理された倉庫の現状とセットで持っていけば、アウレリウスとの交渉も有利に進められるだろう。
――最後のチャンスだ。今度こそ、ちゃんとやり遂げてみせろ――
融資してくれた人たちの、そんな声が聞こえるような内容だった。
ガルスも承知しているのだろう。彼自身の態度が変わって、結果、冒険者ギルド全体の雰囲気が変わっていった。
今では倉庫や受付などの担当を超えて、活発に意見とデータの交換が行われている。
倉庫の整理が終わり、再建案ができたところで、ユーリたちはアウレリウスに面会を申し込んだ。
ドリファ軍団はカムロドゥヌムの町最大の武力集団で、治安維持も引き受けている。平民相手であれば司法権もある。
この町のトップであり冒険者ギルドの実質上の掌握者でもある。
新しく生まれ変わる冒険者ギルドを、アウレリウスに承認してもらう必要があった。
軍団駐屯地にアポの時間通りに赴いて、ペトロニウスに取次を頼む。
「軍団長。冒険者ギルドのガルス殿とユーリ殿がお見えです」
「……入れ」
ユーリは少しの緊張を自覚しながら、部屋の中に入った。
その先は、いつもと変わらない執務室。
けれどユーリは、部屋の空気が違うと感じた。
執務机に着席しているアウレリウスの目に、常の歓迎の色がない。値踏みするような冷たい視線が、ユーリとガルスに向けられている。
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