第26話 和解
朝、ユーリとナナがいつも通りに倉庫の前まで行くと、何やら人だかりができている。荷運び人たちだった。
荷運び人の仕事はもう少し遅い時間から始まる。
ユーリが不審に思いながら倉庫に近づくと、コッタが振り返って一歩、前に出た。彼のオレンジ色の髪が朝日を受けて、明るい色合いになっている。
「ユーリ。今日も倉庫で働く気かい」
「おはよう、コッタ。――もちろんよ。前に説明した通り、冒険者ギルドと倉庫の状況はかなり悪いの。今ここで立て直さないと、取り返しのつかないことになってしまう」
ユーリは考える。いい機会だから、もう一度協力を頼んでみよう。
ユーリもナナも全力を尽くしているが、力不足はどうしようもなかった。
「だからコッタ――」
「あぁ待て。俺の言うことを先に聞いてくれ」
言いかけたユーリをコッタが止める。ユーリはがっかりした。きっとまた、断られる。そう思った。
「取り潰し待ったなしてのは、ガルスの旦那から聞いた。旦那が資金繰りに必死に駆け回ってるのも、な。今がひでぇ状態だってのは俺らも分かったが、それよりも聞きたいのはユーリのことだ」
コッタは少し言葉を切って、睨みつけるようにユーリを見てくる。
「あんたはなんで、そこまで頑張るんだ? あんたは新入りで、遠い国から来たと言ってたよな。冒険者ギルドにも、冒険者の奴らにも思い入れなんぞないだろ。
それをまだ若い女が、毎日真っ黒になって怪我までしてよ。
さっさと見限って、次の職場に行けばいい。アウレリウス様に頼めば、もっといい仕事にありつけるはずだ」
「……そうですね」
ユーリもまっすぐにコッタを見返しながら、言った。
「でも、私はもう冒険者ギルドの一員だから。今じゃナナとも仲良くなった。途中で逃げ出していたら、それもできなかった。私の居場所は、ここなんです。
だから私は、私ができる限りの力を尽くすつもり。諦めて次を探すのは、本当に負けが確定してどうにもならないときだけです。
今はまだそのときじゃありません。逆転の可能性は十分にあるもの」
「あんたの言う通りにすれば、倉庫が潰されなくて済むと? 俺らも路頭に迷わずに済むってか?」
「もちろんよ」
ユーリはきっぱりと答えた。
本当のところを言えば、百パーセントの確信があったわけではない。ガルスの融資取り付けの結果次第でもあるし、システム改革が軌道に乗る前に破綻してしまう可能性もある。
けれど、こういう時はハッタリでいいから自信たっぷりに答えるべきだとユーリは考えている。
責任を取る者が自信を持っていなければ、他の誰が信じてくれるのか? と。
そして、目標に向かって一パーセントでも可能性を積み上げていくのが責任者の仕事である。
この考えは、元はビジネス書で読んだものだった。本で読んだときは「そんなものか」としか思わなかったけれど、今なら分かる。
大きな改革を行おうとする者は、他人に対しても責任を負う。可能な限りの人々をすくい上げ、成果を分配できるか。
今、コッタたちの協力を取り付けなければ、間違いなく冒険者ギルドは倒れる。
ユーリとナナの力だけではだめなのだ。
だからユーリは腹を据えて、新しい道筋を示してみせた。システム改革を成功させて、生まれ変わる冒険者ギルドと倉庫の未来を。
「…………」
コッタの目が細められた。
鋭い眼光がユーリを見定めるように射抜いてくる。ユーリは怯まず、真っ直ぐに彼の視線を受け止めた。
ユーリとコッタはしばらく無言で視線を戦わせて――先に目を逸らしたのは、コッタだった。
「はぁ……」
彼は苦笑いして、深呼吸ともため息ともつかない深い息を吐いた。
「分かったよ。降参だ。俺らも今日から、嬢ちゃんの――いや、ユーリの言う通りに働くぜ」
「コッタ!」
ユーリは思わずコッタに駆け寄って、彼の大きな手を取った。
「ありがとう! 良かった、これできっと間に合う!」
「よせよ、礼を言われる立場じゃねえのは分かってる。……今まで、すまなかった」
コッタは照れながらも、謝罪の言葉を口にするときは表情を引き締めた。
「新参者のあんたがベテランの俺らを追い出して、好き放題やろうとしてると思いこんじまった。それは違うと、毎日真面目に働く姿を見てよく分かったよ。横からオイシイところだけをかすめ取る奴が、あんなに汚れて働くわけがない。俺たちが間違っていた。そうだろう、お前ら?」
コッタがユーリの手を離して振り返ると、荷運び人の男たちは「そうだ、そうだ」と口々に言い始めた。
「大人気なく意地悪までして、本当にすまんかった! 許してもらえるか?」
「あんたらみたいな娘っ子にばかり働かせて、大の男が見てるだけなんぞ、今思えば恥ずかしい。反省しているよ」
「今までの埋め合わせだ。何でも言ってくれ」
わいわいと男たちが近づいてきて、ユーリとナナを取り囲んだ。誰もがばつの悪い顔をしている。
恐らく彼らは、根は善良なのだろう。一度振り上げてしまった拳の行き場をなくして、意地を張ってしまった。ユーリに辛く当たったのも、罪悪感を増す結果になった。
彼らの態度にユーリは本当に腹が立ったし、悲しかったし、思い出すと今でもムカつく。
でも――許してやってもいいかな、とユーリは思った。
プライドの高そうな男たちが、自慢の肉体を縮めるようにして、雨に濡れてしょぼくれた犬みたいな顔で謝っているのだ。一度くらいは許してもいい。
その代わり目一杯、こき使ってやろう。
だからユーリは、元気よく声を張り上げた。
たくさんの人々の輪の中で、その中心で。
「――それじゃあ早速、お願いします!」
折しも、春はそろそろ終わりの季節。
晩春の温かな風が若草を揺らして、ユーリの声を運んでいった。
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