第22話 浄化の魔道具


 それから数日。ユーリはその日の倉庫整理を少し休んで、ドリファ軍団の駐屯地まで来ていた。

 素材の配達にアウレリウスがユーリを指定したのだ。


「顔色が良くないようだが、何かあったのか?」


 司令室に入ると開口一番、彼は言った。どうやら先日の浴場で会ったとき以来、気にかけていたようだった。


「大丈夫です。最近は倉庫の掃除をしていて、力仕事が多くてちょっと疲れ気味な程度ですよ」


 素材を引き渡しながらユーリは答える。


「掃除? そういえば、この前の浴場で会ったときも、汚れを気にしている様子だったが」


「大きな倉庫ですから。掃除も整理も、なかなかすぐには終わらなくて」


 ユーリが倉庫に入ってから、既に十日近くが経過している。たった一人でやっているため、作業は進んでいるとは言いがたい。

 だが、それはアウレリウスには関係のない話だ。ユーリはごまかすことにした。


「掃除自体はいいんですけど、ホコリがつらいですね。布で顔を覆っても目が痛くて、鼻はぐずぐず、喉はイガイガ」


 わざと茶化して言ったのだが、アウレリウスは真面目にうなずいた。


「きみは努力家なのだな。この国にやって来てまだ間もないというのに、弱音ひとつ吐かずにやっている」


「いえ! そんな大層なものではないです。私が望んでやっている仕事ですし」


「そう、か……」


 彼は少し考えた後、立ち上がって棚の箱を開けた。中には丸い形の魔石が入っていた。前にユーリがもらった、浄水の魔石に似た紋様が刻まれている。

 魔石はビー玉くらいの大きさで、不思議な紫色。角度を変えると微妙に色合いが変わって、とてもきれいだ。石には通し穴がついていて、革紐がつけられていた。


「それは?」


 ユーリは思わず、その美しい石に目を奪われる。


「浄化の魔石だ。先日きみに渡したものとはまた違って、風の流れを浄化する」


「風の流れ……空気ですね」


「異世界の言葉で言えばそうなるか。これがあれば、ホコリ程度は気にならなくなる。毒気などに対しては、少々心もとないが」


「じゅうぶんです! ホコリが一番つらかったので」


 ユーリは嬉しくなってニッコリと笑った。これで掃除がだいぶマシになる!


「ぜひ譲ってください。おいくらでしょうか?」


 冒険者ギルドから給与は既に出ている。ユーリははりきって財布を取り出した。

 しかしアウレリウスは首を横に振った。


「代金はいらぬよ。これも私が趣味で作ったものだ。きみの役に立つのであれば、それでいい」


「え、でも……」


「代わりと言っては何だが、異世界や雑学の話を時折聞かせに来てほしい。きみの話は興味深いからな」


「分かりました。そんなことでよければ、いつでも。ありがとうございます」


 魔道具を受け取ったユーリは、さっそく革紐を首にかけてみた。


「どうでしょう、似合いますか? あれ、そういえば、この石はアウレリウス様の瞳の色とよく似ていますね」


「…………!」


 アウレリウスは軽く固まった。しかし照れ笑いをするユーリは気づいていない。


「私の国は、みんなが黒い髪と黒い瞳だったせいで、自分の色のアクセサリーっていう考え方がなくて。ちょっと照れるけど、こういうのもいいですね」


「…………」


「あの、アウレリウス様?」


 ようやくユーリは不審そうに首をかしげると、アウレリウスが呻くように言った。


「ユーリよ。色については他言無用で頼む」


「はい? まあ、かまいませんが」


 何も気づいていないユーリに、アウレリウスは言い出せない。自分の髪や瞳の色のアクセサリーを贈るのは、恋人相手だけだと。


(うかつだった。だがこれはアクセサリーではなく、浄化の魔道具だ。それにユーリは異世界人、何も気づいていないだろう。あえて伝える必要はない)


 内心の動揺を押し殺して、アウレリウスはうなずいた。


「配達ご苦労だった。また頼む」


「はい。またよろしくお願いします」


 そう言って出ていったユーリがさっそくペトロニウスに見つかり、アウレリウスは部下からさんざんに囃し立てられる羽目になるのだが、それはまた別の話。







 アウレリウスにもらった浄化の魔道具はよく効いて、ユーリはホコリに悩むことがなくなった。

 おかげで掃除ははかどって、さらに整理を進められた。

 最初に倉庫の掃除を始めてからもう二週間。すっかり慣れた作業である。


「それにしても、不思議よねー。このきれいな玉が空気清浄機なんだもの」


 休憩する時、ユーリはよくこの紫の石を眺めている。深い色合いを見ていると心が落ち着くのだ。

 石を魔法ランタンにかざして見ると、紫色の中に微かな金色が渦巻いている。

 もう一つの魔道具、浄水の赤い石を取り出して並べてみる。こちらは静かな虹色で色の動きはない。

 どうやら渦巻く金色は、魔道具が起動している証のようだ。

 金色が、そして神秘的な雰囲気がどこかアウレリウスを思い起こさせて、ユーリは慌てて紫の石を握った。


「そりゃあアウレリウス様は頼りになる人だけどさ! ついでにイケメンだけどさ。私を異世界に連れてきてしまった責任があるから、優しくしてくれるだけだよ。それ以上はなんにもないよね」


 口に出して言って、思った以上に悲しくなって、ユーリは驚いた。

 気持ちを切り替えようと、ぶんぶんと首を振る。

 現在のユーリの第一目標は、この倉庫を何とかすることだ。まずはそれに専念しなければ。全てはこの件が片付いてから。そうでなければ、他ならぬユーリ自身が納得できそうにない。


 地道に続けた掃除は倉庫の四分の三ほどが終わった。残りはもう少しだ。

 古すぎて傷んでいる素材もかなり処分を進めて、奥の方の棚はすっきりしている。

 ユーリは棚に素材を並べる順番を考えた。

 基本的には分類の番号順だが、入出荷の頻度が高いものは入口近くに配置するべきだろう。

 過去の記録を見て、どこにどう配置するかを改めて決めなければ。

 入出荷の記録は非常にいい加減だったが、売買代金の帳簿はさすがにもう少しちゃんとしているはずだ。


「ナナさんに頼んで書類を見せてもらおう」


 ユーリはそう言って、事務所へ行くべく倉庫の出口に向かった。


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