第20話 孤軍奮闘


 荷運び人たちの冷笑の中で、ユーリは強く拳を握りしめた。

 怒りと情けなさがふつふつと湧き上がってきて、彼女の瞳に炎を灯した。


「やってやろうじゃん……」


 低く唸るようにユーリは言った。隣でガルスがビクッとしているが、知ったことじゃない。


「こんなの、日本に帰れないと分かったときに比べれば大したことない。一人でやれって? じゃあお望み通り、やりきってみせるんだから!!」


 深呼吸一つ。キッと顔を上げて見据えるのは、魔窟ならぬ素材倉庫。ミッションは整理整頓だ。


「よしっ!」


 ぐっと肘を引いて気合を入れる。

 責任感と負けてたまるかという思いと、それに多分の意地っ張りを混ぜこぜにして、ユーリは倉庫へと足を踏み入れた。


「お、おい、ユーリ!」


 背後でガルスの焦った声がする。ユーリは振り向かずに言った。


「私一人の力でどこまでできるか、限界までやってみます。だから私のことは気にしないで」


「そ、そうか……?」


 ユーリはそのまま倉庫へ入る。荷運び人はもちろん、ガルスも追っては来ない。

 そうして彼女はたった一人で戦いを開始した。







 倉庫の中は相変わらず混沌としている。

 ユーリは入り口の備品室から魔法ランタンと手袋を借りて、中へ入った。

 扉の近くは箱や袋に入った素材が山と積まれ、ラベルもついていないためユーリには中身すら分からない。

 すれ違う荷運び人たちの馬鹿にしたような視線を受けながら、奥へと進んだ。

 入口近くこそ扉から外の光が入り、明かりも置いてあるため明るかったが、少し進むと途端に真っ暗になる。ランタンの明かりだけが頼りだ。


(まずは一番奥まで行ってみよう。奥の方がどうなっているのか、さっぱり分からないんだもの)


 棚と棚の間の迷路のような通路を進む。途中から床にホコリが積もったままになっていて、人の出入りもないと思われた。

 魔法ランタンをかざすと、周囲の背の高い棚と置いてある素材の箱がぼんやりと浮かび上がる。素材は異世界人のユーリには馴染みのないものが多くて、得体の知れないお化け屋敷に迷い込んだような気分になった。

 しかも空気が籠もっているせいで、外の気温に対してずいぶんと蒸し暑い。息をするのも大変だった。


 奥に進むにつれて棚の密度がまばらになり、ここが広い倉庫の中だと実感できる。

 やがて突き当たりに行き当たった。

 ユーリは振り返って辺りをランタンで照らす。彼女が今いるのは右寄りの壁際。

 こうして見ると、倉庫の奥は意外にすっきりしている。棚もきちんと等間隔で並べられていて、見出しの札もついていた。


「最初の頃はきちんと管理されていたのね……」


 小さい声で呟いて、ホコリが喉に入って咳き込んでしまった。ポケットからハンカチを取り出して三角に折り、口元を覆って頭の後ろで結ぶ。即席のマスクである。

 ふと見ると、奥の壁にドアが取り付けられているのに気づいた。

 近寄って確かめてみるが、板で打ち付けられている。それに隙間から光は入っていない。

 ユーリは倉庫を外側から一周して見回ったこともあるが、ドアはなかったように思う。外側に壁が追加で作られたようだ。


(これだけ大きい倉庫だもん。入り口が一個だけなんて、やっぱりおかしいよね)


 倉庫整理をやり遂げた暁には、このドアも復活させよう。

 ユーリはうなずいてドアを離れ、並べられた棚を確認し始めた。







 倉庫の棚は、奥から2列ほどはそのまま使えそうだった。棚に置かれている素材も少ない。

 わずかに残っていた素材は、元が何か想像するのも難しいくらいに干からびていたり、ホコリまみれだったりしている。

 きれいな色の石など、鉱物類はまだ使えそうだ。植物類ももともと乾燥させてあるドライフラワーや葉っぱは大丈夫かもしれない。

 壊れたガラクタのようなものは、遺跡の遺物だろうか。これも使用に耐えそうである。


 問題は魔物や動物由来の素材だった。

 骨や牙、角などはいい。

 でも、他は悲惨なことになっている。皮はなめしが甘かったのか、表面が腐りかけていた。肉は干し肉になっていたが、やはり傷んで虫食いがひどい。

 ユーリは虫もそんなに苦手ではないが、さすがに顔が引きつってしまう。

 次いでトカゲの尻尾と思われるものをつまんでみたら、ネチョッとして思わず悲鳴を上げた。


「もう駄目! これは駄目! 整理整頓の前に掃除だわ!!」


 来た道を戻る。ホコリの積もった道に残った自分の足跡をたどれば、迷うこともなく進めた。

 出入り口に近づくにつれ、設置された明かりの光や荷運び人たちの喧騒が戻ってくる。短い時間だったのにとてもほっとした。


「よう、お嬢ちゃん。もうギブアップか?」


 意地悪い笑みを浮かべたコッタに声を掛けられた。ユーリは首を横に振る。


「いいえ、まさか。まずはお掃除から始めるわ。道具、借りますね。ていうか私、『お嬢ちゃん』という年ではないから。二十七歳よ」


「え? 嘘だろ」


 コッタらの言葉を聞き流して用具室からバケツとモップを取り出した。バケツに水を入れ、雑巾も何枚か持って再び奥へ。

 ホコリが床に厚く積もっているものだから、バケツの水があっという間に真っ黒になって大変だった。

 それでもモップがけをできるだけやる。雑巾の出番はまだなさそうだ。

 何度かバケツの水を取り替えるために奥と入り口を往復しているうちに、夕暮れ時になっていた。

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