第19話 難題


 ガルスとユーリは倉庫の前まで行く。倉庫の前では荷運び人たちが、いつもどおりの仕事半分談笑半分の雰囲気で動いている。

 ガルスはすうと息を吸い込んで、大きな声を出した。


「おう、倉庫のみんな。ちょっと聞いてくれ」


「なんだよ、ギルド長」


「どうかしたか?」


 集まってきた倉庫の荷運び人たちに、ガルスは言った。


「ユーリが倉庫整理のいい案を考えてくれた。これからその通りに素材を入れ替える。みな、やってくれ」


「はぁ?」


 コッタがいつもの陽気な笑みを引っ込めて、眉間にシワを寄せた。

 ガルスは肩をすくめて言う。


「倉庫はだいぶ前からひどい有り様だ。いい加減になんとかしないといかん」


「別に今のままでも、なんとかなってるだろうが」


 コッタたちはそう言い返すが、実際ミスは増えている。アウレリウスの叱責が怖くてユーリを配達に行かせたくらいだ。


「いいからユーリの指示を聞け!」


 ガルスが怒鳴るが、コッタは鼻で笑った。


「ユーリの? ははっ、そう言われてもなあ。倉庫を取り仕切っているのは、俺たちだ。新入りのユーリの命令なんぞ聞けるかよ」


「そうだ、そうだ」


 他の男たちもコッタの肩を持った。


「俺らは今のままで上手くやってるんだ。余計なことするなよ」


「誰のおかげで倉庫が回ってると思ってんだ?」


 言いたい放題である。

 頼みの綱のガルスは「やっぱりこうなるよなあ」と弱腰になった。


(こうなるよなあ、じゃないよ! ギルド長なんだから、部下の手綱は取って!)


 ユーリはとても困ったが、このままにはしておけない。

 一歩前に出ると、コッタたちに向かって深く頭を下げた。


「荷運び人の皆さんあっての倉庫だと、私もよく分かっています。でも、今のままではいけないんです。このままミスが増えていけば、叱られるだけでは済まない。クレームが属州総督の耳まで届けば、倉庫が取り潰されてしまうかもしれない。

 私は新入りですが、精一杯学んで知恵を尽くしたつもりです。だからどうか、力を貸してください!」


 ユーリが一生懸命頼むと、その場の空気がやや和らいだ。

 少し落ち着いたコッタが言う。


「……とりあえず話を聞かせてくれ。俺らは学はないし、頭が悪ィから、簡単に頼むぜ」


 そこでユーリは、分類ごとに管理する方法を説明した。

 ごく一部の荷運び人は感心して聞いてくれたが、大半は難しい顔のままだった。


「この管理方法の一番いい点は、誰でも倉庫の中身を把握できることです。番号順で分かりやすいから、素材が行方不明になることもない。コッタさんたちが忙しい時でも、私やナナさんが倉庫から注文の内容通りに素材を取って来られます」


 だから協力をお願いしますとユーリは結んだ。

 けれど、男たちの反応は冷ややかだった。

 コッタはいつもの人懐っこい笑みを嘘のように消して、強張った声で言った。


「誰でも素材を取ってこれるだと? 悪いが、そんなやり方は反対だ。今だって俺は長年の勘で、素材をきちんと取ってこれる。整理だなんて面倒臭ぇことしなくても、ちゃんと仕事は回ってんだ」


「でも!」


「話は終わりだ。どうしてもやるってんなら、あんたとガルスの旦那だけでやりな。俺たちは手は貸さねえ」


 言い募ろうとしたユーリを遮って、コッタは立ち上がった。


「てめえら、休憩は終わりだ。次の配達の準備をするぞ!」


 おお、と荷運び人たちが声を上げる。

 にわかに忙しく立ち働き始めた彼らの輪の外で、ユーリは途方に暮れてしまった。







 ユーリが立ち尽くしていると、ガルスが気まずそうに口を開いた。


「まいったな。コッタも他の荷運び人も頑固でよ」


 ユーリは首を振る。


「どうしてこうなったのでしょうか……。今、倉庫からきちんと素材を取ってこられるのは、コッタさんを始めとした数人のベテランだけ。それが整理で誰でも出来るとなったら、仕事を取られると思った……?」


「あぁ、あるかもな。連中はほとんどが冒険者上がりか、冒険者にもなれないあぶれ者だ。ここを追い出されりゃあ、行き場がない奴ばっかりよ。

 例えば、コッタな。あいつは十五の年に冒険者になったが、三年後に怪我をして引退した。力仕事はできるものの、素早く動けなくなっちまったんだ。他の奴らも似たようなもんだ。だからこそ、この仕事にしがみつこうとするんだろうなぁ」


「そんなことが……」


 ユーリはつぶやく。

 彼女の本来の目的は、もちろん仕事を奪うことではない。むしろ逆だ。

 みながもっと働きやすくするように、仕組みを考えた。それなのに。

 伝え方が悪かったのだろうか。そう思ってもう一度、勇気を出して話しかけるが、誰もろくに聞く耳を持ってくれなかった。


「だから一人でやれって。まあ無理だろうけどよ!」


 荷運び人の一人に嘲笑に近い声音で言われて、体が強張った。

 大きな箱を抱えていた荷運び人が、わざとらしくユーリにぶつかる。押しのけられて、ユーリはよろけた。


「おっと、すまねえな。お嬢ちゃんが小さすぎて見えなかったぜ」


 わはは、とあちこちから馬鹿にしたような笑い声が上がる。ガルスの制止の声も虚しい。

 ユーリは唇を固く引き結んだ。拳をきつく握りしめる。


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