第17話 昼食談話


 兵士が執務室まで昼食を持ってきてくれたので、ユーリはご相伴にあずかることにした。

 軍団長の食事はどんなものか興味があったが、内容はごくシンプルだ。堅パンとチーズ、豆のサラダである。ユーリにも同じメニューが出された。


「兵士と同じものを食べ、同じ環境に身を置くのも司令官のつとめの一つだ。遠征に出れば同じ天幕で寝起きするのだから」


 アウレリウスはそう言って、堅パンを苦もなく食べている。小さくちぎって口に入れる動作が上品である。

 ユーリは苦労して堅いパンをかじりながら言った。


「パンとチーズと豆。炭水化物とタンパク質はいいけれど、ビタミン類が不足しませんか」


「ビタミンとは?」


 アウレリウスは目線だけをユーリに向ける。


「野菜に含まれている栄養です。種類と効能はいろいろで、ビタミンAなら皮膚や粘膜を健康に保つ。ビタミンCは免疫を高めたり、壊血病などの病気を防いだりします」


「壊血病とは、聞いたことのない病だが」


「そうですね……ビタミンCはレモンなどの果物に多く含まれるのですが。長い航海などで保存食しか食べられないとかかる病です。私の元いた世界では、船乗り病と呼ばれていた時代もありました」


 それからも栄養と食事についてアウレリウスが質問した。

 先ほどの魔道具の話などもする。

 時間はあっという間に経って、昼休憩の終わりを告げるラッパが訓練場から聞こえてくる。


「あ、私、そろそろ戻らなきゃ」


 ユーリが席を立つと、アウレリウスはうなずいた。


「時間を取らせたな。興味深い話が聞けて、有意義だった。礼というわけではないが、私に何かできることがあれば、遠慮なく言ってくれ」


「今日は魔石の魔道具をもらってしまいましたし、これといって……あ!」


 ユーリは何気なく書棚に目を向けて、声を上げた。

 書棚に積まれている巻物のタグに、『魔物辞典』『魔物素材一覧』といった文字が見える。


「あの、あそこの辞典を貸してくださいませんか。私、倉庫の整理をしているのですが、この世界の素材について詳しくないせいで苦戦していまして。もっと知りたいんです」


「よかろう」


 アウレリウスは立ち上がって、何巻かの書物を取り出した。


「初学者が学ぶのであれば、この辺りが適切だ。持っていくといい」


「ありがとうございます。いつまでにお返しすれば?」


 ユーリの問いにアウレリウスは少しだけ笑った。


「特に期限は切らないでおこう。きみが学んで、必要なくなったときに返してくれればいい」


「そ、それは……逆に重たいですね」


「なに。きみは自ら学び働こうという意欲ある人間だ。期待しているよ」


 ユーリは言動を逆手に取られて、苦笑する。空っぽになった配達カバンに巻物を何巻も入れれば、行きより重たくなった。


「それでは失礼します」


 うなずくアウレリウスに一礼して、ユーリは執務室を後にした。







 ユーリが消えたドアを眺めて、アウレリウスは考える。


(素直に感心するものだから、つい興が乗って魔道具を与えてしまった)


 ごく初歩の魔法を使って見せたとき、ユーリは興奮に目を輝かせていた。まるで子供のような単純さに見えたが、その裏で好奇心と観察眼が動いているのにアウレリウスは気づいていた。

 軍団長の立場にあるアウレリウスにおもねるのではなく、純粋な好奇心と知性が放つ輝き。

 昼食時にそれとなく聞いてみれば、木炭を例に水の浄化の仕組みを語っていた。

 炭を水に入れて浄化するとは、聞いたことのないやり方である。異世界の知恵なのだろう。

 それ以外にも食事と食材、栄養と病気の関係をかなり具体的に教えてくれた。

 ユーリの言う壊血病はアウレリウスも心当たりがある。数ヶ月におよぶ遠征時、十分に食料確保ができないときなどに兵士たちに見られた症状だ。


(あれは、不十分な食事のせいだったのか……)


 異世界人とはそのようなことを誰でも知っているのか、それとも。


「雑学」


 口に出してつぶやく。

 ユーリの雑学スキルは、ほとんど使い道のない外れスキルだと思っていた。知識系スキルであることに違いはないので、適性があると思い、冒険者ギルドでの書類や素材の管理業務を割り当てた。

 冒険者ギルドの管理業務がかなりいい加減であることは、アウレリウスも知っている。けれどユーリ一人を放り込んだところで、事態が劇的に変わるとは考えていない。

 けれどユーリは自らの無知を知り、素直に他人に助けを求める。学ぶ姿勢を見せる。

 会話ができるとはいえ、二週間程度で文字を覚えたのも見事だった。


(予想以上に、面白いことになるかもしれんな)


 そこまで考えてから、彼は本来の業務に戻った。

 口元に微笑が浮かんでいるのは無自覚なままに。







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