第16話 魔道具


 部屋の中には大きな執務机といくつかの書棚が置いてあった。アウレリウスは机で書類の決裁をしていたが、ペトロニウスとユーリが入ってくると目を上げた。

 ユーリは言う。


「ご注文の素材です。黄色マンドラゴラの根を1株、トネリコの古枝、Mサイズを1本。モリオジロシカの枝角を1本。以上です」


 配達バッグを差し出すと、執務机を示されたのでそこに置く。後ろではペトロニウスが「では私は失礼します」と言って部屋を出ていった。


「確かに受け取った。セウェルス様にロンディニウムまで呼びつけられる直前に注文してしまったせいで、タイミングが悪かったな」


 中身を確認して、アウレリウスは肩をすくめた。


「それで、ユーリ。まだ数週間だが、冒険者ギルドの様子はどうだ? やっていけそうか?」


「そうですね……」


 ユーリは少し考える。カオスの巣窟・倉庫の話をしてやろうかと思ったが、まだ彼女は何もやり遂げていない。やめておいた。


「親切にしてくれる人もいて、助けられています。これから頑張りますよ」


「結構」


 アウレリウスは短く答える。話が終わりそうになったので、ユーリは聞いてみた。


「今日配達した素材は、軍団ではなくアウレリウス様個人の注文と聞きました。何に使うんですか?」


 アウレリウスはちらりとユーリを見る。ユーリは一瞬、余計なことを聞いたかと思ったが、彼は答えた。


「趣味の魔道具作りに使う。私は魔法使いだが、実技よりも道具作りの方が性に合っている」


「魔法! 魔道具! すごいです。私が元いた世界にはなかったので」


 ユーリが目を輝かせると、アウレリウスは意外そうに首をかしげた。


「そういえば、きみの世界には魔法がなかったのだったか。では、昼休憩のついでに見学していくか?」


「はい、是非に!」


 ユーリは新しい知識や知見が好物である。身を乗り出すようにすると、アウレリウスはその分だけ一歩下がった。


「では、簡単な魔道具制作の実演をする」


 彼は言って立ち上がり、棚からいくつかの素材を取り出して執務机に並べた。


「ベースとなるのは虹魔魚の魔石。――魔石は分かるか?」


 彼は淡い虹色に光る小石を手に取って言った。小石はやや平べったい形で、どことなく魚のうろこを思わせた。


「ええと……魔物の体に入っている、魔力に満ちた石、でしたっけ?」


「おおむねそれで間違いない。魔石は魔物ごとの特徴を引き継いでいる、魔物の素材の中でも重要な部位だ。当然、強い魔物の魔石は強い魔力を持っているが、この虹魔魚はそれほどでもない。だが使いでがある」


 アウレリウスは軽く目を細めた。楽しいらしい。


「この虹色の魔石に、トネリコの枝を木炭化させたもので魔法文字を書く」


「トネリコの枝。今日、配達した素材ですね」


「ああ。在庫が少なくなったので、注文した。今日の分はまだ木炭があるが、近いうちに焼かねばならんな」


「木炭焼きもアウレリウス様がするんですか?」


 炭焼きと言うと地味で汚れる作業だ。立場の高いアウレリウスに不似合いとユーリは思ったが、彼はニヤリと笑った。


「当然だとも。炭焼きの際も魔力を練り込むことで、さらに良質な素材に仕上がる。他人には任せられない」


 あ、この人、職人系だ。と、ユーリは思った。地味で面倒な作業こそ大事だと考えるタイプの人間である。


「描く文字は『清浄』『水』。これを魔法陣として書く」


 アウレリウスは木炭の小枝を取って、するすると魔石の表面に滑らせた。複雑な紋様が刻まれるように描かれていく。


「これを一度、炎の魔法で焼く」


 彼の手のひらの上で、魔石がふわりと浮かび上がった。次の瞬間、青い炎が吹き上げるように包み込む。

 魔法を初めて間近で見たユーリは、ぽかんと口を開いてしまった。そっと手を近づければ、確かな高温を感じる。


「触らないように。この青い炎は通常の赤い炎より熱い。火傷をするぞ」


「は、はい。炎の色と温度は知ってます。赤、白、青の順で温度が高いと」


「ほう」


 アウレリウスは少し感心したようにユーリを見て、手のひらの炎を消した。

 焼かれた魔石は木炭の魔法陣が銀色に色を変えて、きらきらと輝いている。


「仕上げに風の魔法で研磨と圧縮をする。これで完成だ」


 空中に浮かび上がった魔石がくるくると回転を始めた。形が丸く整えられていく。削られて細かな粉が飛び散っていくが、同時に圧縮もされているらしい。だんだんと丸い形に変わっていった。


「……こんなものだな」


 そうしてアウレリウスの手のひらに落ちた魔石は、厚みのあるコインのような丸い形になっていた。描かれた銀の魔法陣は変形しているが、不思議な光を放っている。


「それは、どんな魔道具なんですか?」


 虹色と銀の魔石に目を奪われて、ユーリは呆然とした口調で聞いた。


「水の浄化の魔道具だ。このグレードの魔石とこの程度の作り方では、数回使えば効力を失うが。汚れた水を浄化して、飲めるようにする」


「すごいですね!?」


 アウレリウスが浄化の魔道具をユーリに渡してくれたので、捧げ持つようにして眺めた。


(これは浄水器のようなもの? 例えば木炭を水に入れておくと水がきれいになるけれど。あれは確か、多孔性の炭がフィルターの役割を果たすのと、表面に住んでいる微生物が有機物を分解するからよね。

 この魔石も似た仕組み? それとも魔法を使うから、全く別のもの? 面白いなあ……!)


 ユーリが熱心に魔道具を見ていると、アウレリウスは戸惑ったように言った。


「そんなに気に入ったのなら、それはきみに差し上げよう。持っていきなさい」


「いいんですか? 貴重な素材と魔法を使ったものでは?」


 ユーリがびっくりして言うと、アウレリウスは微苦笑した。


「それほどでもない。もとより私の魔道具作りは、単なる趣味の領域だ。軍団で使うほどの質ではないからな」


「それでもすごいです。大事にします。ありがとう」


 ユーリは大事にバッグに魔道具をしまいこんだ。

 アウレリウスが何気ない口調で言う。


「ところで、昼食は食べたか?」


「いえ、まだです」


「ならば一緒にどうだ? 私もこれからだ」


「はい、ぜひよろしくお願いします!」

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