第15話 配達のお仕事


 そうして苦戦が続くある日のことである。


「おーい、ユーリ。いるかい?」


 倉庫事務所のドアを開けてコッタが顔を出した。


「はい、いますよ。どうしたの?」


 ユーリは立ち上がって素材の巻物を書棚に戻す。


「配達を一件頼みてえんだ」


「配達? いいけど、どこへ?」


 するとコッタはきまり悪そうな顔になった。


「ドリファ軍団。軍団長のアウレリウス様じきじきの注文なんだよ」


「へえ? 軍団からは定期的に注文が来るんだよね。それがどうかしたの?」


「ああ、軍団としてもアウレリウス様個人としても注文が来る。で、この前、納品する素材を間違えちまって。だいぶ叱られたんだ。だから俺、顔を出したくねえんだよ」


「あらまあ……」


「だからユーリ、頼む。あんたなら怒られることもないだろ」


 コッタが必死に頼んでくるので、ユーリは苦笑いした。


「間違わなければ、アウレリウス様は怒らなないと思うよ。口うるさいし偉そうにしてるけど、間違ったことは言わない人だもの」


「偉そうって、あんた。本当に偉いんだぞ、軍団長だからな」


「そうだった」


 軽く笑って、ユーリはうなずいた。


「配達、行ってくるよ」


「助かる! じゃあ倉庫から素材を出してくるんで、待っていてくれ」


 あの倉庫から素材を選んで出してくるのか。どうやるんだろう? ユーリは興味を引かれてコッタについて行った。


「さあて、アウレリウス様の注文はっと」


 コッタが倉庫脇のテーブルに放りだしてある書字板を見る。

 その周辺では、何人かの荷運び人が暇そうにサイコロ遊びをやっていた。カップに入れたサイコロを振って出目を当てるゲームのようだ。


「黄色マンドラゴラの根を1株。トネリコの古枝、Mサイズを1本。モリオジロシカの枝角を1本と。ちょいと待っててくれよ」


 そう言って倉庫の扉を開けるコッタに、ユーリは思い切って言ってみた。


「私も倉庫に入っていい?」


「やめとけ、やめとけ。迷子になるだけだよ」


 サイコロをもてあそんでいた荷運び人の男が、からかうように言った。


「そうそう。ここの倉庫は魔窟だぜ。素人さんが迷子になったら、干からびてミイラになって、素材の仲間入りさ」


 コッタはカラカラと笑いながら倉庫へ入っていった。


(素人ねえ)


 ユーリは表情に出さないよう注意しながら、内心でため息をついた。


(そりゃあ私は異世界人だけど。ここで仕事をするって決めた以上、きっちりプロになるつもりよ。

 コッタみたいに熟練の職員だけが倉庫に入って商品の素材を取り出してくるなんて、非効率的じゃない。もしコッタが事故や病気で休んだらどうするの? 会社の仕事ってのは、プロフェッショナルの一人に頼るんじゃなく、みんなで回していくものなのに)


 ユーリのこの考えは、日本で勤務していた会社で身につけたものだ。

 一人だけに責任を負わせるやり方は、いろいろな問題を生む。

 もちろん優秀な人の才能や技術は大いに活用するべきだ。

 けれどこの冒険者ギルドのように作業の比率が極端に偏っていたり、もしくは一人経理のように外部の目が入らない状況はまずい。

 一人の限界が組織の限界に直結してしまうし、休みも取れない。それに不正の温床になりかねない。

 会社組織としてやっている以上は、チームで仕事を回した方がいい。

 一人ひとりの仕事は、結局のところ会社全てに繋がっていくのだから。


 ユーリが日本で学んだこの考えを、どう伝えたらユピテルの人々に分かってもらえるだろうか。

 そんなことを考えながら、彼女は倉庫の入り口を眺めた。







「ほい、これで全部だぜ」


 コッタはすぐに倉庫から出てきて、注文表どおりの素材を渡してきた。

 あのカオスな倉庫内からどうやって取り出してきたのか、まったく不思議でならない。

 言いたいことは今は抑えて、ユーリは配達用の素材をバッグに詰めた。革製の大きくて丈夫なバッグである。


 すっかり春めいた街路を歩き始めた。

 時刻は午前中、お昼の少し前。通りを吹き抜ける風は暖かくて、春も後半と実感できる。

 古代を思わせる町並みは、三~五階建てで一階部分がお店になっている建物が多い。それに案外清潔である。ユーリの雑学知識では、古代や中世の町は排泄物を窓から捨てたりして不潔のイメージがあったので、意外だった。

 以前はペトロニウスに先導されて歩いた道をユーリは一人で戻っていく。特に複雑な道ではないので、迷うこともない。

 やがて軍団の敷地に着いた。門兵が立っているので、声をかける。


「こんにちは! 冒険者ギルドのユーリです。アウレリウス様に素材の配達に来ました」


「おぉ、ご苦労。話は聞いています。どうぞ」


 開いた門からまっすぐ進めば司令部である。

 そろそろお昼の時間だが、特に炊事をしている様子はない。軍団兵は昼食を取らないか、軽食で済ませているのかもしれない。

 左手に見えた訓練場では、兵士たちが百人隊長の号令に合わせて隊列を組んだり、訓練用の丸太に木剣や槍で打ち込みをしたり、投げ槍の練習をしたりしているのが見えた。


「おや、ユーリ殿。何かご用ですかな」


 司令部に入ったところで、ペトロニウスに会った。ユーリは配達用のバッグを手で叩いて見せる。


「アウレリウス様に素材の配達です」


「それはご苦労さまです。軍団長は執務室にいますよ。ご案内しましょう」


 ペトロニウスは向かって右の部屋をノックした。


「ユーリ殿がお見えです。素材の配達だそうで」


「入れ」



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