第14話 素材あれこれ


「さあ、今日から頑張るよ!」


 簡素な朝食を終えて、ユーリは倉庫事務所へと出勤した。

 ナナも同じ宿舎で暮らしている。食堂で見かけて「おはよう」と挨拶したのだが、消え入りそうな声で返事をされただけである。

 事務所の席について、まずはどうやって素材を分類しようか考える。本当はすぐにでも整理に取り掛かりたかったが、あのカオスっぷりを見た後ではどうしても腰が引けてしまった。

 着席して腕を組んでいると、ふと、ナナがやって来た。


「ユーリさん……これ……」


 差し出されたのは、何枚かの木板が紐でとじられているものだった。


「これは?」


 ユーリが首をかしげると、ナナは固まった。


「ユーリさんは、読み書きができるのに、書字板を知らないの……?」


「ごめん、分からないわ。教えてくれる?」


「…………」


 ナナは黙って自分の席に戻ってしまった。何だったんだろう? とユーリが不思議に思っていると、ナナはもう一度戻ってきた。手には先の尖った鉄のペンを持っている。


「このペンで、書字板のロウの部分に、字を書いてください。消す時は、このヘラの部分でならして……消せば、また使えます」


 紐でとじられた板を開くと、ロウが塗ってある。ナナはロウの部分をペンで引っ掻くようにして、字を書いてみせた。それからペン先と反対側のヘラになっている部分でロウをならし、字を消した。


「なるほど! メモ帳だったのね、便利だわ!」


 ユーリはぽんと手を叩く。ユピテル帝国ではパピルス紙と羊皮紙の両方が存在する。パピルスの方が安価で流通しているが、それでもそれなりに高価だった。それで平民たちは正式な書類以外では紙を使わずに、書字板を使っているようだ。


「ありがとう、ナナさん。大事に使うね」


 ユーリがにっこり笑いかけると、ナナはまた固まった。それから慌てたように席に戻っていって、下を向いてしまった。


(ナナさんも、悪い人じゃなさそう)


 ユーリはほっこりとした気持ちで仕事に取り掛かった。







 ユーリは素材の目録を片っ端から確認して、書字板にメモしていく。

 最初の日に見た『魔物素材・魔獣型』『魔物素材・亜人型』の他にも、魔物は何種類かにカテゴライズされていた。

 素材は魔物の他にもあって、植物や鉱物が多かった。『ヴィー泉の水』などというものもあり、どうやら魔法の素材らしいのだが、異世界人であるユーリにはさっぱり分からない。


「植物素材と鉱物素材は間違いないとして、他にカテゴリ分けするとしたら『液体素材』とかかしら?」


 ユーリの頭の中では、既にぼんやりとした完成図が浮かんでいる。カテゴリ分けされた素材たちが、倉庫の棚で整然と並んでいるのだ。

 イメージするのは、図書館の分類法だった。


(確か十進分類表だったっけ?)


 大学時代の図書室を思い出した。『自然科学』『文学』といった大きな分類がまずあって、その中に中分類、小分類と細分化されている。

 大きな箱の中に中小の箱を納めていくイメージで、分かりやすい。倉庫に入庫する際も取り出す際も迷わずに済むだろう。

 今回の場合は大分類は『魔物』『植物』『鉱物』『液体』あたりか。

 しかし、どのカテゴリに当てはまるか悩むものもあった。


「この『マヤリス草の朝露』は、植物か液体かどちらだろう?」


 そんなことを呟きながら、ユーリは素材の目録を手繰っていく。


「あっ、新しいカテゴリだわ。なになに……遺物?」


 魔の森ではユピテル帝国ではない文明の痕跡が残されており、それらの遺跡から発掘された有用な物品を『遺物』と呼んでいるらしい。


「もっと勉強しなきゃ」


 素材そのものへの理解度が低いのが問題だと、ユーリは思った。

 異世界転移をやってしまってから、まだ一ヶ月も経っていない。言葉の読み書きこそ覚えたものの、やはり自分は異邦人だと実感した。


(この世界のこと、ユピテル帝国のこと、素材のこと。もっと知りたい。誰に聞けばいいだろう?)


 ティララ、ナナ、コッタ、ガルス……。冒険者ギルドの面々を思い浮かべてみたが、どうにもピンとこない。

 魔物や魔の森の素材についてならば、冒険者ギルドのみなはそれなりに詳しいだろう。ただ、体系的に教えてくれるだろうか。みな仕事があって忙しそうだし、倉庫のカオスを放置したりしていい加減な人も多い。不安である。


(まずは、自分でやれるだけやってみよう)


 ユーリはそう考えて、どんな素材があるのか覚えるべく巻物を読み続けた。






 そうして巻物と格闘し続けること、しばらく。

 ユーリは今日も事務所で読み物をしている。魔物の素材は文字だけで記されており、図解などはほとんどない。魔物を見たことすらないユーリでは、想像するにも限界があった。

 そこでユーリは、冒険者ギルドの職員たちに質問をしてみた。ところが彼らも狭い範囲でしか知識がなくて、思ったような収穫が得られなかった。

 例えば『マヤリス草の朝露』についてティララに聞いても、


「マヤリス草の朝露? うん、ポーションなんかの材料で人気の素材ね」


「これって植物素材? それとも液体素材? どっちかしら?」


「さあ……? 考えたこともなかった。あたしは依頼主から注文を受けて、冒険者に仲介するだけだから」


 と、こんな調子である。他の職員も似たようなものだった。


「困った……。分類さえうまくできないなんて、どうしたらいいの?」


 ユーリは頭を抱えた。

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