第9話 冒険者ギルド
ユーリは馬車で来た道を徒歩で引き返していく。ペトロニウスの歩幅は広く、ユーリはついていくので精一杯だった。
軍団の駐屯地を抜ければ、やはり空気が変わる。
ずっと馬車の旅だったので、こうして歩くのも悪くない。雑多で気楽な雰囲気の町を、ユーリは進んでいった。
北の土地は春でもまだ肌寒い。冷たい風が吹き抜けていく。
ペトロニウスは人望があるようで、時折、市民たちから挨拶を受けている。
「冒険者ギルドは東地区にあります。もう少しですよ」
ペトロニウスが言った。その声音には多少の気遣いがある。
ユーリは答える。
「すみません、お世話になってしまって」
「問題ありません。ユーリ殿のことは、遠方の土地から来た身寄りのない女性と聞いております」
「…………」
ヤヌスの選定と異世界から来た話は伏せられているようだ。
やむを得ないか、とユーリは内心でため息をついた。そんな話を正直にしても、周囲を戸惑わせるだけだろう。
「軍団長は愛想のない方ですが」
ペトロニウスは続けた。
「一度引き受けたことは、最後まで責任を持って取り組まれます。ですのでユーリ殿も、困りごとなどがありましたら、いつでも相談にいらっしゃってください」
「ありがとう。私が嫌われていたわけではないのですね」
「もちろん。軍団長の態度はいつもあんな感じですから。それにたとえ嫌っていても、責任放棄をするような方ではありません。ご安心を」
ペトロニウスの口調から、アウレリウスに対する信頼が感じられる。
「あはは……」
ユーリとしては苦笑するしかない。とはいえ、今の所頼れる相手はアウレリウスしかいないのも事実だ。
何か問題が起きたときは相談してみようと思った。
そうしているうちに、冒険者ギルドに到着した。
冒険者ギルドは広い敷地だった。手前に本館があり、奥に倉庫が建っている。
本館は二階建てで、どっしりとした石とレンガ造りである。
倉庫の周囲では何かの作業をしているようで、何人かの人が物を運んだり作業台で手を動かしたりしていた。
ペトロニウスが本館の扉を開けると、中は活気に満ちていた。
入ってすぐ正面にカウンターがあって、男性と女性が一人ずつ受付をしている。左手の壁にはメモ書きのような依頼書が何枚も貼られており、物色している冒険者たちがいる。
「ペトロニウス様! いらっしゃいませ。今日はどんなご用件ですか?」
女性の受付員が愛想の良い笑みを浮かべて近づいてきた。
「ユーリ殿を預かってきた。ギルド長はいるか?」
ペトロニウスが言うと、女性はうなずいた。
「はい、おります。ご案内しますね」
右手奥の階段を三人で上り、二階へ行く。ティララと名乗った受付員が扉をノックすると、中から野太い声が答えた。
部屋の中には四十歳前後と思われる大柄な男性がいた。赤みがかった茶色の髪に、白いものが混じっている。長椅子に座っていたが、ペトロニウスの姿を見るとすぐに立ち上がる。
「おお、ペトロニウス様! よくいらっしゃいました」
「例のユーリ殿を連れてきた。後はよろしく頼む」
「アウレリウス様の件ですな。しかと承りました」
「うむ。ではユーリ殿、俺はこれで」
ペトロニウスはそう言って、さっさと出ていってしまった。
「ようこそ、カムロドゥヌムの冒険者ギルドへ。話は聞いているぜ、ユーリさんよ」
大柄な男性がそう言ってニッと笑うので、ユーリは頭を下げた。
「山岡悠理です。よろしくお願いします」
「お? なんだ、変わった挨拶だな。俺はガルス、ここのギルド長をやっている。まあ気楽にしてくれ」
促されて長椅子に座る。テーブルを挟んで、ガルスと差し向かいの位置である。
ティララがお茶を持ってきてくれた。温かい麦茶が、少し冷えていた体に染み渡るようだった。
「仕事がほしいんだってな」
ガルスは単刀直入に言った。
はい、とユーリはうなずく。
「で、あんたは読み書きができて計算も得意と。願ったりの話だぜ。早速だが、ユーリには倉庫の管理を頼みたい」
「倉庫」
ユーリが敷地にあった大きな倉庫を思い出していると、ガルスは続けた。
「あれは魔物や魔の森で採れた素材を保管しておく倉庫でな。見ての通りけっこうデカいが、最近はあふれそうになってやがる。出し入れの効率も悪ィ上に、軍団や商店から注文があっても、納品に間違いが多くなってきた。商売は信用が第一だからな。これ以上間違えてアウレリウス様からお叱りを受ける前に、なんとかしてくれ」
「なんとか、ですか」
「ああ、やり方はなんでもいい。倉庫部門の人員も好きに使ってくれ。頼んだぜ」
ガルスはそれだけ言うと、ひらひらと手を振った。話は終わりであるらしい。
ユーリはもっと詳しい話を聞きたかったが、ガルスもよく分かっていないのかもと思い直した。一度倉庫で働いている人々に話を聞いて、それでも不足したら再度ガルスに尋ねてみよう。
部屋を出ると廊下でティララが待っていてくれた。
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