第8話 要塞都市カムロドゥヌム
カムロドゥヌムは街全体が軍団の駐屯地のような見た目をしている。
全体が城壁で囲まれた四角形の町は、だが、最大の特徴を郊外に置いていた。
「壁……?」
町の北側を見て、ユーリは呟いた。町の城壁のその先、数キロメートルほどの距離を開けて長大な壁がそそり立っている。
壁は左右にどこまでも続いていた。ユーリは馬車から身を乗り出して眺めたが、右も左もどちらも終りが見えない。午後の陽射しが防壁に降り注いで、時折きらりと反射していた。
「ウルピウス帝の防壁だ」
アウレリウスが言う。
「陛下は北の要衝であるこの地を守るため、二十年の月日をかけて防壁を建造された。以来、この土地の安全性は飛躍的に高まった」
「二十年! かなりの距離の防壁ですね?」
「ああ。この土地はブリタニカ島の中で、最も東西の距離が短い。約百二十キロメートルだ。東の海岸線から西の海岸線まで、途切れなく防壁は続いている」
「百二十キロ……」
ユーリは呆然として防壁を眺めた。壁は遠目にもかなりの高さがあり、上を兵士が歩いているので幅もありそうだ。
それだけの土木工事を重機類がないこの国でやり遂げたなんて。
整った街道もそうだが、ユピテル帝国は土木工事を得意とする国であるらしい。
ウルピウスの防壁を背景に見ながら、一行はカムロドゥヌムの町に入る。城塞都市の名にふさわしく、分厚い城壁に囲まれていた。
無骨な見た目の門は、しかし、意外に人通りが多い。商人らしき人々の他、革鎧や毛皮をまとい、剣と弓矢で武装した人々の姿も見られる。
「あいつらは冒険者だよ」
馬車に同乗している兵士が言った。
「正規の軍団兵では手が回らない小規模な魔物退治や、北の魔の森での採集作業などを生業にしている。何でも屋の便利な連中さ」
ファンタジー物語につきものである冒険者は、ここではそんな扱いなのかとユーリは思った。
馬車は門を抜けて一列で進んでいく。
町の北側が軍団の駐屯地になっていて、多くの軍団兵が訓練に励んでいた。
駐屯地は正面中央に司令部がある。
司令部の前の中庭で、一行は馬車から降りた。出迎えを受けながら、アウレリウスを戦闘に司令部に入る。
彼は司令部の奥、正面の部屋に入った。ユーリと兵士たちも続く。
そこは祭壇になっていて、軍旗が供えられていた。両脇には軍旗を警備する兵士たちが控えている。彼らはアウレリウスを見ると、敬礼をした。
アウレリウスはそのまま祭壇の前まで進み、跪いた。兵士たちも一斉に膝をつく。ユーリも慌てて真似をした。
「ブリタニカ属州第二軍団ドリファ軍団長、アウレリウス・フェリクス・グラシアス、ここに帰参したことをドリファの聖霊に報告申し上げる」
低く艶のある声が祭壇の部屋に響いて、ユーリはつい聞き惚れた。
形式的なものだったのだろう、アウレリウスはすぐに立ち上がってきびすを返した。
司令部のホールまで戻ると、アウレリウスが言う。
「ペトロニウス首席
「はっ」
アウレリウスの呼びかけに応え、壮年の兵士が進み出た。褐色の髪に灰色の目をした、いかめしい雰囲気の男性である。他の兵士よりも立派な装飾のついた鎧を着込んでいる。
「このユーリを冒険者ギルドに案内してくれ」
「かしこまりました。ユーリ殿、こちらへ」
「え? あの、ちょっと待ってください」
「なにか?」
急な話にユーリが驚いて声を上げると、アウレリウスが振り向く。
「私の働き先は冒険者ギルドなんですか? 軍団内ではなく?」
「そうだ。軍団よりも冒険者ギルドの方が融通がきく。先方に既に話は通してある。きみもやりやすいだろう」
いつの間に、とユーリは思った。旅の途中、伝令と何度も手紙のやり取りをしていたから、そのついでだろうか。
「そ、そうですか。あと、住む場所はどうしたらいいでしょう」
「ギルドの宿舎を手配済みだ。あそこは女性の職員もいる。こまごまとした話は、彼女らに聞くといい」
「はあ」
「さ、ユーリ殿。行きましょう」
ペトロニウス百人隊長に促されて、ユーリはなんだか納得がいかないままに司令部を出た。
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