第10話 職場はこちらです


「倉庫で働いてくれるんだって? 助かるわ!」


 ティララはにっこりと微笑む。こうして見ると、彼女はなかなかの美人である。金髪に大きな青い目をしていて、愛嬌がある。年齢は二十歳前後のようだ。

 ユーリとティララは廊下を歩きながら話をした。


「冒険者ギルドは人手不足なの。読み書き計算がきちんとできる人はそんなに多くないのに、優秀な人材は軍に取られちゃうから。冒険者のなり手は割といるんだけど、田舎から出てきた貧しい人がほとんどで。依頼書をちゃんと読める人も少なくて、代読業があるくらいなのよ」


「冒険者は、どうやって暮らしている人たちなんですか?」


「あら、そんなに丁寧に喋らなくていいから! タメ口でお願いね。名前も呼び捨てでいいわ」


 ティララがウィンクをしてみせる。キュートな仕草だ。

 可愛らしく片目をつむるティララに、ユーリも笑顔を向ける。


「じゃあ、普通に話すね、ティララ」


「うんうん! 冒険者だけど、北の防壁を抜けて魔の森で魔物を狩ったり、素材を採集して納品して生活費にしているわね。特定の素材がほしいと依頼が出るときもあるし、そうでなくても魔物狩りはいつでも歓迎だから」


「魔物狩り……。危険じゃないの?」


「もちろん危険よ。そんなに危なくない小さい魔物もいるけど、魔の森じゃいつどんな魔物に出くわすかも分からないもの。命がけよ」


「…………」


 日本では考えられない仕事だ。


「でも、魔物狩りで活躍をすれば最初から小隊長待遇で軍団に入るのも可能なの。ブリタニカの田舎じゃユピテル帝国の市民権を持っていない人がほとんどだから、普通は正規兵にはなれないのよね。で、その軍団も人手とか予算の問題で小さい魔物の討伐依頼をぜんぶこなすのは難しい。そこで冒険者と冒険者ギルドの出番ってわけ」


 冒険者についての話はその辺りで終わって、ティララはギルド職員の宿舎について教えてくれた。


「ギルド職員の宿舎は、この建物の裏手にあるわ。トイレはあるけどお風呂はないから、町の公衆浴場テルマエまで行ってちょうだいね。今日か明日にでも案内するから」


「うん、分かった」


「じゃあ、もっと詳しい話は今日の仕事が終わったらするわね。また後で」


 話しているうちに階段を下りて扉のところまでやって来ている。ティララが扉を開けてくれたので、ユーリはお礼を言って外に出た。







 ユーリは辺りを見回して、倉庫の方へと歩いて行った。

 倉庫の周辺は何人もの人々が行き交っている。よく見ると敷地はさらに奥があり、作業台が並べられていた。柱と屋根だけの簡易な雨よけが作ってある。

 何の作業をしているのか確かめようと目を凝らして、ユーリはぎくりと足を止めた。

 作業台に載せられているのは、大きなイノシシのような動物の死体である。やたらに真っ赤な毛皮が目に痛い。作業者はナイフを振るってイノシシ(?)の毛皮を剥ぎ、腹を割いて内蔵を取り出して、どんどんさばいていく。

 血は思ったよりも少なかったが、生肉の赤みと脂肪の白がとても生々しい。ついでに臭いも割とひどい。


「よお、嬢ちゃん。こんなところで何やってんだ? 冒険者……じゃねえよな?」


 不意に後ろから声をかけられて、ユーリは飛び上がりそうになった。

 振り返れば、体格のいい男が人好きのする笑みを浮かべて立っている。まだ肌寒い季節であるにもかかわらず、半袖をまくりあげた軽装である。年齢は二十代前半くらいだろう。

 他にも何人か、十代から四十代くらいの年の男たちが荷物を背負ったり、荷車を押したりしている。皆、しっかりと筋肉のついた力自慢の男たちだ。

 コッタの足元には荷車があって、両手のひらに乗るくらいの袋がたくさん積まれていた。どうやら丸っこいものが入っているようだが……。


「あ、はい。冒険者じゃないです。私は山岡悠理、ドリファ軍団の紹介で今日から倉庫で働くことになった者です」


「おぉ、アウレリウス様の! まさかこんな細っこい女性だったなんてなあ。俺はコッタ、ここの倉庫の荷運び人だ」


「よろしくね、コッタさん」


「コッタでいいよ。こっちこそよろしく。さて、俺はこいつを倉庫に入れてくるから、ユーリはそこの事務室に行ってくれ」


 見れば倉庫の脇に小さめの建物が併設されている。あれが事務室だろう。

 ユーリは聞いてみた。


「それは?」


 荷車を引き始めたコッタは、いい笑顔で答えた。


「ゴブリンの生首!」


「えっ」


「狩った冒険者が腕のいいやつで、頭皮に傷もねえ。これならいい素材になるぜ」


「生首ってあれですか。生きていたのを首をはねて殺しちゃったやつ!」


「そうだよ。殺してから首を切り落としたら、生首とは言えねえな。そりゃただの切り落とした首だな?」


「えええ……」


「おっと、そうだ、ユーリ。事務所に行く前に倉庫を見ておくかい?」


「は、はい……」


 ユーリはかなりのショックを受けていたが、ここは今日から彼女の職場である。ぐっとお腹に力を入れて、コッタと荷車の後についていった。

 コッタが倉庫に近づくと、仲間の荷運び人が扉を開けた。倉庫の大きな扉が、重々しい音を立てて開かれる。

 ユーリは男たちに続いて、一歩、足を踏み入れた。




 そうして入り込んだ倉庫の中は――カオスに満ちていた――。

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