第5話 晩餐会1


「皇帝の息子なんですか」


 ワインをちびりと舐めてユーリが言った。ワインは冷えてこそいなかったが、日本のものに劣らない芳醇な香りがする。


「そうとも。俺は現皇帝ウルピウスの第二子。次の皇帝に最も近いと言われている男だ」


 セウェルスは得意そうに言って、豚肉のローストをかぶりと噛みちぎった。

 アウレリウスは肩をすくめる。


「皇帝の子は有力な後継者であるが、セウェルス様はまだ実績が足りぬ」


 セウェルスは反論しない。食べ盛りらしい旺盛な食欲を見せるセウェルスに対して、アウレリウスは上品に食事を進めている。


「誰にでも分かりやすく、かつ絶大な戦功が見込めると主張して、伝説に謳われるヤヌスの選定を行ったのだが。結果はこのとおりだ」


 アウレリウスの淡々とした言葉に、セウェルスは反論した。


「仕方なかろう! 一人の英雄が全てを解決すると思えば、どうしたってそちらに傾く。それが少しばかり非現実的な方法でもだ!」


「実際のところ失敗したのですから、次の手を打たねばなりません。魔物の暴走がいよいよ起こるその日まで、兵を集めて砦を整え、武具を整備し、食料を確保する」


「分かっている」


 現実的なアウレリウスの言葉に、セウェルスは首を振った。


「俺は幼い頃から、ヤヌスの英雄の話を寝物語に聞いて育った。その英雄の隣に立って魔物どもと戦えると思えば、心が浮き立っていた。

 だが、よく考えれば当たり前のことだった。異邦の者にもそれぞれの生活があり、家族がいたのだろう。無理にヤヌスの門を開くべきではなかった……」


 呻くようなセウェルスの言葉に、ユーリは胸が痛むのを感じる。

 ユーリが身代わりになったあの女子高生は、この世界で英雄になる素質を持った人だったのだろう。

 子供が無理矢理に家族と引き離されて、見知らぬ世界へ連れてこられる。そんなことは間違っている。

 けれど結果、無能のユーリが来てしまってセウェルスは失望している。


 ユーリは元の世界に、日本に帰りたい。

 だが英雄の召喚を邪魔してしまった責任を感じる。

 彼女のスキルは『雑学』であるという。いかにも役に立ちそうもない名称だった。


「旅人殿。手近な場所で良ければ、このロンディニウムの町に住居を用意するが、それでよいか?」


 アウレリウスが言う。


「信頼できる奴隷を何人かつけよう。文字の読み書きの教師を手配して、私の名義で月々の生活費も出す。故郷と勝手は違うだろうが、大きな不自由はないはずだ」


 セウェルスも続けた。


「旅人殿、アウレリウスはこのブリタニカ属州の北を守る第二軍団ドリファの軍団長レガートゥスだ。ブリタニカにいる以上は、属州総督などよりもよほど頼りになる相手だよ。任せておけば間違いはない。

 今回、ヤヌスの選定にあたってこいつを呼び出したのは、鑑定スキル持ちだからだ。鑑定は人間のスキルやその他のあらゆる事象を見極める、希少性の高いもの。信用できる鑑定スキル持ちで、こいつほど適任はいない。長い付き合いだからな」


 愛想のない口調だったが、それだけに相手への信頼が感じられた。アウレリウスを見れば、顔色を変えずにワインを飲んでいる。

 ユーリが答えないままでいると、肯定と受け取ったようだ。二人はうなずいた。

 アウレリウスが言う。


「それでは、そのように。今日一日だけヤヌス神殿で宿を借り、明日になったら住居に案内させよう」


 その言葉に、ユーリは二人の男性を見た。


「いいえ、待ってください」

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