真新しい靴がステップ

ちかえ

真新しい靴がステップ

「今日はお客様が来るからおめかししましょうね」


 そう言って、ご主人様はわれの前に『靴』というものを置いた。穴が空いていて我の足がすっぽりとはまるようになっているものだ。我の毛並みと同じ青色をしている。

 これは、どうやら我のためにご主人様が作ってくれたという。


 正直、害獣と呼ばれる種類の魔獣である我には全く縁のないものだ。でも我はこれを履かなければいけないようだ。


 でも、これをどうやって履けばいいのだろう。穴に足を入れればいいのだろうか。なんだか我の体重で『靴』を潰してしまいそうだ。


「誰か履かせてあげて」


 そんな我を見かねた、ご主人様は使用人という人間にそう命令する。使用人は『はい、奥様』と言いながらも、我の姿を見てぶるぶる震えている。足をあげてください、と言われてそうしたが、彼女の手が震えてちっとも我の足が穴に入らない。


「ご主人様、これは必要なのか?」

「必要だから履かせているのよ」


 何を当たり前な事を言っているの? というようにご主人様がため息をついた。


「でも、我は人間ではないし……それに、爪が隠れてしまう」

「大事な爪を守るのよ。爪がなくなったら、ただの動物になってしまうわ」


 それはその通りである。我々、魔獣は、体の一部にマナの源と呼ばれる部分を持っている。我々にとっては爪がそうなのだ。それがなくなったら我々は魔法が使えなくなってしまう。


 でも、それを隠すのも何だか不安な行為だ。何でご主人様はそんな事をするのだろう。


 なんとか試行錯誤の上で『靴』を履くことが出来た。履き終わった時は、我も使用人もご主人様も揃って安堵の息を吐いてしまった。

 でも、潰れやしないだろうかと心配になってしまう。我は図体が大きい分、体重も重いのだ。


「強化魔法をかけたから潰れないようになってるわ。安心なさい」


 その不安に気づいたらしく、ご主人様が声をかけてくれる。


 でも、落ち着かない。靴にご主人様のマナがこもっているのもなんだか不思議な感じだ。


 我が、魔法使いであるご主人様の『アシスタント』というものになってだいぶ経つ。


 きっかけはぬいぐるみだった。ザッカヤとかいう店の窓に飾ってあった可愛いぬいぐるみに一目惚れし、欲しくなった。でも、店を襲って手に入れたら、ぬいぐるみを愛でる前に魔法使いたちに殺されてしまう。


 なので、恥を忍んで我らの天敵である魔法使いと呼ばれるマナを持つ人間に頭を下げたのだ。

 魔法使いの女は自分の『アシスタント』をする代わりにぬいぐるみを『買う』お金をあげます、と約束してくれた。それで頑張ったおかげで、可愛いぬいぐるみを手に入れる事ができた。


 ただ、なんとなく、これだけ人間と関わってしまった我は、もう野生には戻れない気がするのだ。だから、今でも彼女のアシスタントをしている。


 これではまるで愛玩動物のようだ、とまで思う。何故か彼女に『フラッフィー』という名前までもらってしまったのだ。我の毛並みにちなんでの名前らしい。

 こんな事でいいのだろうか。


「さ、フラッフィー、いらっしゃい」


 ご主人が我を呼ぶ。我は大人しくご主人様に着いて行った。


 靴をつけているという感覚に慣れなくてなんだかいつもよりおかしな歩き方になってしまう。それを見てご主人様が笑った。馬鹿にされているのだろうか。


 連れてかれた先はよくご主人様が客人を迎える時に使うオウセツマという部屋だった。


「久しぶりだな、エインピオ妹」


 部屋で待っていた男は、偉そうな態度でご主人様にそんな事を言った。この家の主人はご主人様の番なのに。こいつはただの客なのに。


「ご無沙汰しております」


 ご主人様は一瞬だけ顔をしかめてから挨拶をした。


「それが、お前が使役しているという?」


 男が我を見てそんな事を言った。シエキとはなんだろう。


「ええ。論文に書いた私のアシスタントの魔獣はこの子です」

「見せてもらいますよ」


 許可を取っているように見える。でも、ご主人様の返事を聞く前に、何故か男に付き添っている奴が我の体を掴んだ。


 嫌な感じだ。つい爪を出してこの人間達を殺したくなってしまう。でも、人間を殺すのはいけない事らしく、ご主人様との『ケイヤク魔法』で出来ないようになっている。不便だ。


 男が我の足を乱暴に掴んだ。ご主人様が怒りを含めた声で『何を!』と叫ぶ。

 だが、次の瞬間、男の方が悔しそうな顔になる。


「靴まで履かせてるとは」

「うふふ。可愛いでしょう?」


 ご主人様は満足そうに、そして得意げにそんな事を言う。


「ならば手を!」


 男が今度は我の手を掴もうとする。嫌だ! そう思った時にはもう無意識にマナが動いていた。

 男たちが我の魔法にかかり、とろん、とした目をしてその場に倒れた。


「害獣に手を出そうとするからこうなるのよ」


 ご主人様がバカにしたようにそんな事を言う。


 昔だったら、この男達は巣に連れ帰った上で我の食事になっているだろう。でもそんな事は許されない。

 男達は使用人によって外に出されてしまった。


 それを見送ってから、ご主人様がため息を吐く。


「大丈夫? ごめんなさいね。不愉快だったでしょう」


 ご主人様は優しい目でいたわるようにそう言った。本当に不愉快だったので一つ頷く。


「夕食は魔鳥をまるまる一羽あげましょうね」


 どうやら次の食事はご馳走らしい。それならいいかな、と思う。

 ご主人様は我の爪が狙われる事を知っていたのだろうか。それでこの『靴』というものを履かせたのだろうか。人間ほど頭は良くないけどさすがにこんな事があれば我でも分かる。


「お疲れ様。窮屈だったでしょう。もう脱いでいいからね」


 我が先ほどまで靴を嫌がっていたのに気づいていたらしい。そんな風に言ってくれる。


「いや、まだ履く」


 ついそんな事を言ってしまった。おまけに小さく足を踏みならしてみる。


 愛玩動物、と心の中だけでつぶやく。まさに自分はそうなのかもしれない。


 それを見て、ご主人様はおかしそうに笑ったのだった。

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