第40話 温泉に行こう(1)

 かねてから計画していた温泉旅行に一泊二日で三人で、のはずだったが、フランは王女様、アスタは公爵家令嬢。

 はい、御父上の判断でメイド兼護衛の2名も同行することになりました。


 御父上曰く「まあ、正宗君がいるのだから少々のことは大丈夫だろうが、体面もあるのでな。腕利きを二名出しておく。よろしくしてくれな」とのこと。

「ほんで、フラン。どこの温泉なの?」

「パンデモニウムの保養施設なのじゃ」

「保養施設?」

「そうじゃ。パンデモニウム福利厚生組合の施設での、父上も母上も結構気に入っておるのじゃ。それ以外にも色々とあるのじゃがな」


 福利厚生組合って、株式会社パンデモニウムですか? ひょっとして労働組合もあるんじゃねえのか? 


「なんか、人間界の会社みたいだね」

「ほう、正宗が勤めておった所にも温泉や保養施設があるのか?」

「あるよ。東京から一番近いところだと箱根温泉かな。今度人間界に来たら行こうね」

「そうじゃの。そっちの温泉も行ってみたいの」

「あとは、アスタか」

「アスタは妾と正宗で迎えに行くことになっておるのじゃ」

「そっか。俺アスタの家知らないから、ちょうどいい機会だね」

「そうじゃったの。行く機会がなかったの。ところで、正宗や、お主その荷物は何じゃ?」

「え? 着替えと、カメラと……」

「ディメンジョントランクがあるじゃろうに」


 フランは苦笑いをする。


「あ! そうだ。旅行というとボストンバッグに荷物を詰めるのが習慣になってたわ。まあ、お土産を入れるのに、あ、そうかそれもディメンジョントランクに入れればいいんだ。アハハ!」

「まったくもう、お主ときたら。相変わらず自覚がないのう」


 呆れるフランを横目に、俺はボストンバッグごとディメンジョントランクに放り込んだ。


「さて、ではアスタを迎えに行くのじゃ」


 俺とフランと護衛のメイドさん2名で竜車に乗りアスタの家に向かう。

 アスタの家ってどんな感じなんだろうか? ヴァンパイアの館だけに、洋館かお城なんだろうなぁ。執事やヴァンパイアブライドがいるんだろうな。

 ん? ということはヴァンパイアブライドがメイドさんという設定か? これは見ものかもしれないな。


「正宗、着いたぞ。ここじゃ」


 タワマンでした。なんでここにタワマンが?

 しかも屋上は大八洲のお城のような屋根瓦になっているし、金の鯱が乗っていんぞ。ヲイ……ここは名古屋かよ? 

 しばらく俺は上を向いたままポカーンとしていた。


「どうしたのじゃ?」

「いや、何でもない」


 人間界に戻ったら、名古屋名物の青柳ウイロウと台湾ラーメンお取り寄せして叔父様と叔母様に差し上げよう。


 入口で執事が俺たちを待っていた。


「王女殿下、正宗様。ようこそお越しくださいました。お嬢様がお待ちでございます」


 アスタの家は最上階らしい。さすが公爵家。天守閣に登った気分だわ。

 それ以外のマンションの部屋はパンデモニウムと同じく、執務室や会議室等公爵家として必要なスペースらしい。


 あーら現代的だわね。


 中に通されると、玄関ホールは吹き抜けになっていて、シャンデリアが天井から吊り下げられている。もちろん目の前は階段だ。


「お兄様、お姉様ぁ! ご足労ありがとうございます」


 ああ、かわいい妹が純白のドレスを着てスカートを両手で持ちながら階段を駆け下りて俺にやってくる。

 なんていいシーンだ。


「フランちゃん、正宗君。こんにちは。アスタのことよろしくお願いします」


 ベリアル叔父様とカーミラ叔母様がいつの間にか出てきていた。


「叔父上殿伯母上殿、ご機嫌麗しゅう」


 フランと一緒に貴族式の挨拶をする。


「アスタの好きな温泉に連れて行ってくれるみたいで、昨日は夜なかなか眠れなかったらしいぞ。ワハハハ!」

「だってぇ、あの温泉、私の大好きなお湯ですからぁ」


 アスタの表情がワクテカ状態になっている。どんな温泉なのか楽しみだ。

 さすがに福利厚生組合の施設だから、混浴はないだろう。

 竜車で揺られること1時間。

 とはいっても、この竜車、首都防壁を通過したあと徐々にスピードを上げ始め、多分時速百キロメートルぐらい出しているんじゃないだろうか? 

 それに竜車自体殆ど揺れてない。道路がしっかりしているのか車両がしっかりしているのか? 

 そんなことを思いながら、竜車を降りると温泉の看板が目に入る。

 真っ赤な温泉が描かれている。いわゆる血の池地獄だな。この湯の色は酸化第二鉄や酸化マグネシウムによるものだから、タオルなんか漬けた日にゃあ真っ赤になってしまうんだろうなぁ。

 混浴でタオルなしだと、また大変なことになるわ。鼻血出しても判らんから命にかかわるわ。

 周囲を見渡すと、岩山に囲まれた場所に温泉旅館が建てられていて、建物は大正末期のモダンアパートメントのような感じだ。

 

 ええと旅館名は「卦茂耳温泉」ん? けもみみおんせん? 


 ヲイ……この名前つけた奴、頭おかしいだろ。


 玄関に入ると、女中さんがたくさん並んでいた。そうか、お忍びとはいえ王女と公爵令嬢が来るんだからそりゃお出迎えになるわな。


「「「「「ようこそいらっしゃいました!」」」」」


 改めて女中さんを見ると……ネーミングの意味わかったよ。

 全員がメイド服を着てケモ耳だわ。これってひょっとしてガチで全員獣人族なの? 

 犬耳猫耳は当然、ウサギ耳もいる。尻尾もちゃんと出ているし。

 うーむ、この世とあの世は地続きだと言っている俳優がいたが、秋葉原と魔界の区別って何だろう? 

 奥から三つ揃えのスーツを着た初老の男性が出てきた。


「王女殿下、公爵ご令嬢殿におかれましてはご機嫌麗しゅう。本日は数ある旅館の中から当館をお選びくださりありがとうございました。私、支配人をしておりますヨーゼフ・クラウゼヴィッツと申します。以降お見知り置きを。早速ですが、ご案内いたします。あの、お荷物のほうは?」

「よい。すべてディメンジョントランクに入れておる」

「かしこまりました」


 支配人の後に続いてフロントのカウンターでチェックインをする。


「それでは、こちらがお部屋のカギとなります。部屋までは係員がご案内いたします」


 案内の係員についていこうとすると支配人に肩をむんずとつかまれた。


「ああ、下男さん。あなたのお部屋もとっておりますよ。4名様の隣の部屋でございます。何かあったときにすぐに出られるように配慮しておりますのでご安心を」


 はぁ、俺は下男扱いかよ(*´Д`)


 フランとアスタそして護衛の二名は俺が取り残されたことに気付かずにそのまま行ってしまう。

 まあ着替えとか諸々あるから部屋は分かれていたほうがいいな。

 支配人から鍵を渡され、フラン達を追いかける。

 俺の部屋は201号室か。扉を開けると……ビジネスホテルと同じシングルルームじゃねえか! 何だよこの殺風景な部屋はよ。 


 まるで地方のビジネスホテルに出張で来たサラリーマンじゃねえかよ。 

 まあいいか。起きて半畳寝て一畳!

 八洲男児は雨露凌げればそれでよし! と……するしかねえか。ガッデェェム!  

 とりあえず、部屋を見渡すと、机の上に旅館の定番セットがある。

 まずはお茶とお菓子と。

 お湯を沸かす魔石ポットに水を入れて沸かす。

 あとは浴衣か。ん? なんだこれ? 


「当温泉の露天風呂は混浴です。露天風呂ご利用の際には男性のお客様はこの湯浴み着をご着用ください。女性のお客様はフロントまでお申しつけください」


 湯浴み着ってこれ、水泳用のパンツじゃねえのか?

 まあところ変われば品変わるか。

 で浴衣はと……ああこれか。ガウンのようなものだ。

 和洋折衷というよりも和洋混合だな。

 とりあえず、湯あみ着をディメンジョントランクに入れておこう。

 フラン達の部屋に内線電話をして、お風呂に行く時間を決める。あと二十分くらいだそうな。

 それまでお茶とお菓子でまずは一息と。結構このお菓子旨いな。お茶も八洲茶と紅茶の中間のような味だわ。うん、いいね。

 さて、そろそろフラン達も準備できただろう。

 フラン達の部屋へ向かう。といっても俺の部屋の隣だが、ん? 扉はすぐ脇にあるが、扉から隣の部屋までの壁が異様に長いな。

 部屋の呼び鈴を押すと護衛のメイドさんが出てきた。


「正宗様、どうぞ」

「おお、正宗。そろそろ行くのじゃ」

「お兄様、お待たせですぅ」


 部屋に入ると、そこはめちゃくちゃ広い部屋でした。応接間のようなソファーとキッチン、バーカウンター、シャワールーム。寝室は奥のほうにあってダブルベッドが四つ。何よこの扱いの違いは。俺は部屋の中をキョロキョロと見まわす。


「どうしたのじゃ?」

「いや、この部屋ってすごく広いんだね」

「うむ。案内を見てみると、インペリアルスイートルームと書いておるわ。正宗の部屋はどうなのじゃ?」

「ま……まあ、そこそこだよ。じゃあ行こうか」


 まさかビジネスホテルのシングルルームなんて言った日にゃあ、フランとアスタが怒ってどうなるかわからんからお茶を濁しておこう。


「あれ? 護衛のお二人はいかないのですか?」

「お主等も行くのじゃ。何をしておる、準備せぬか」

「よろしいのですか?」


 護衛の二人は恐縮して返事をする。


「何を言うておるか。何年付き合っていると思うのじゃ。水臭い。役得と思え」

「ありがたき幸せ。お言葉に甘えさせていただきます」


 フランたちはフロントに湯浴み着を取りに行くというので、俺は先に風呂に行くことにした。

 俺は脱衣所で湯浴み着に着替え風呂場へと入る。

 湯船を見ると、うん、血の池だわ。ふと見ると露天風呂への通路がある。よし、かがり湯をして露天風呂にGo! だ。

 露天風呂からは、空に突き刺さるような形の岩山が見える。

 岩山の形も人間界とは違ったまさに異世界の岩山だ。

 こういうイラストいっぱい見たなあ。ゲームの背景にしてもいいかもしれないな。

 そう思っていると、フランたち四人の声が聞こえてきた。


「おーい、フラン! いいお湯だよぉ」

「今行くのじゃぁ」


 昔見た湯浴み着は茶色いのだったなぁ。この旅館の湯浴み着はどんなのだろうか。

 露天風呂に来た四人を見ると……湯浴み着ならぬスク水でした。しかも、猫耳つけて白のオーバーニーソ履いているじゃねえか! 


 ここの旅館作った奴、絶対頭おかしいだろ。

 いや、八洲から来たオタクだろ! 絶対そうだ! 確信犯だ! 俺の同志じゃねえか! ビバオタク! Тоターварищи!(同志!) わかっているね! うん! ツボを心得ているよ! グッジョブ(`・ω・´)b


 こう思っている俺自身もアクセル全開で頭おかしい部類に入るのだろうか。


「大きな露天風呂じゃの」

「そうですわねぇ」


 フランとアスタもさることながら、護衛の二人もこりゃヤバイ。一人はドラゴニュート(竜人族)、一人はサイクロプス(一つ目族)だが、両方ともスク水似合いすぎ。四人の美少女のスク水姿……めちゃくちゃ目のやり場に困るわ。

 フランとアスタがいつもの通り俺の横に来る。タオルを巻いたの時のなまめかしさとこりゃまた違う艶めかしさだ。


「お兄様ぁ。いいお湯ですわねぇ。やっぱり血の池は最高ですぅ」


 さすがはヴァンパイア。


「そうだねぇ。ホッとするね」


 あ、俺もヴァンパイアだった。フランのいう通り自覚ねえわ。


「このような湯浴み着は初めてじゃの。なかなか変わったデザインじゃ。気に入ったわい」

「でもなんで猫耳がついているんだ?」

「のぼせ防止らしいのじゃ。この猫耳が頭の熱を吸って放熱するらしいのじゃ」


 本当かよ? 絶対狙っているだろ。


「それとぉ、この白くて長い靴下はぁ、温泉成分を吸って足の血行を良くするらしいですぅ」

「へえ、いろいろと考えているんだね」


 アスタが風呂の縁に座って、足を延ばす。美少女のスク水姿に加えて、細くて長い脚に白のオーバーニーソってこれ、もう一種の凶器でしょう。

 これをチョイスした奴は、絶対確信犯だ。どこの大馬鹿野郎だ。

 まあその大馬鹿野郎のせいで俺は楽しんでいるのだからそいつに感謝だわ。

 もう、その白いニーソで踏まれてもいいです。

 いえアスタさん、是非ともお兄ちゃんを踏んでください。


「正宗の湯浴み着はどんなのじゃ?」

「こんなやつ」


 立ち上がって自分の湯あみ着をフランとアスタに見せる。


「おお、なかなか逞しいのう」

「あらぁ。お兄様。素敵ですわぁ」


 ん? 何が逞しくて素敵……あ・・パンツがなぜか知らんが縮まって、マリモの名産地のマリ〇ッコリ状態になっている。

 二人とも、いや護衛の二人も目がハート状態になっている。やばい食われる。

 湯船に腰を下ろし肩までつかる。


「ふう、こんな温泉に入るのは初めてだ。まあ赤いお湯は酸化第二鉄と酸化マグネシウムが主成分だから、赤く見えるんだけどね。ちょっと鉄のにおいがするのはこのせいなんだろうね。とても肌になじんで気持ちがいいね」


 無理やり話題を変えてしまおう。


「え? お兄様違いますよぉ。この赤いお湯はぁ血の池地獄から引いているんですよぉ。本物の血なんですよ。だから私ぃ大好きなんですぅ」



〜〜〜あとがき〜〜〜

この度は沢山の作品の中から拙作をお読み下さりありがとうございました。

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