第12話 正宗、ヴァンパイア娘のお兄様となる

 正面に座っていたアスタはいつの間にか横に座り、俺の眼を見てくる。

 アスタの目が妖艶ようえんに赤く光り始める。


「き……きれいな目だね」

「ありがとぉ。正宗ぇ」


 アスタは俺の背中と頭に腕を回しはじめる。すごい力だ。アスタの目が一層赤くなり、赤い唇から牙が見え始め、両手の鋭い爪が俺の体に食い込んできていた。

 映画でよく見るヴァンパイアの吸血シーンと同じだ。


「あの、アスタさん、フラン! え?」

「心配することはない」

「いただきまぁす」


 そういうと、アスタは俺の首の左側に牙を穿うがつ。

 ツプッと皮膚に穴が開く音がして血液が流れだし、アスタの口に入り始める。

 おい、これってホラー映画そのものじゃ? 

 いやでもこんな美少女ヴァンパイアに噛まれるなら本望だ。

 もっとも我が同志から見ればジェラシー余って打首獄門さらに爆発しろコールの対象になるだろうが。

 俺は悪魔の眷属になった上に、ヴァンパイアの眷属にもなってしまうのか? 

 いや、こんな美少女の眷属だったらウェルカムだ。

 あれ? でもこの感覚と感触、なんかすっごく懐かしいというか、安心するというか何だろう? 

 ヴァンパイアに襲われている? というのに全く怖くない。

 むしろ心が落ち着いてきた。

 目を瞑りながら無意識にアスタを抱きしめ、右手でアスタの頭を撫で始めていた。

 チュー ゴクッ ゴクッ 

 アスタが喉を鳴らしながら血を吸っている。

 この音自体で癒される。


「んはぁ……美味しい」


 アスタは牙で穿ったところをペロッと舐めた。


「ご馳走様ぁ。もう血は出ていないから安心してねぇ」

「正宗や、お疲れじゃった。アスタどうじゃった? 久々の人間の血は。まあ、正宗は元人間じゃがの」

「美味しかったですわぁ。お姉様ぁ。チャームが効かなかったのはそのせいなのねぇ」

「チャームって何?」

「私の目を見せて人間の意識を飛ばすのよぉ」


 アスタの唇から血が滴り落ち、目はヴァンパイアそのものの真っ赤な目をしているが、妖艶という言葉よりは、すっごく可愛いというほうが当てはまる。

 そうか、この目を見ると人間はヴァンパイアの虜になるんだな。

 だからチャーム(魅惑)というのか。


「しかし、正宗よ。随分と落ち着いておるな。まるで初めてでないように見えるぞ」

「いや、ヴァンパイアに血を吸われるなんて初めてだし、伝説と思っていた。そう……なんか、随分と昔に体験したような、いや無いんだろうけど、すごく懐かしい感覚があったし、心が癒された上に満たされたし、すごくほっとしたんだよ」


 どうしても上手く説明できず、思い当たる言葉で二人に話す。


「そうよぉ。まさか抱きしめられた上に、頭を撫でられるなんて思わなかったわぁ。まるでヴァンパイア同士で血を分け合っているみたいだったわよぉ」

「え? 何それ? 同族で血を吸いあうの?」

「いや、ヴァンパイアが愛し合うときの行為なのじゃぞ」

「そうよぉ。私まだやったことないのにぃ。まさかヴァンパイア以外でこうなるとは思わなかったわぁ。正宗さぁん。貴方、悪魔族の眷属になっているのでしょぉ。人間の血の味じゃなかったわよぉ」

「うーん そうらしいんだけど、まだ実感ないんだよな」

「こりゃ、正宗や。魔法を使い始めておるのに実感がないとは、おぬしも大概じゃのう」

「お姉様ぁ。正宗さんに私の血も差し上げても良いかしらぁ。私の初めての人だしぃ」

「かまわんぞぇ」


 フランはにやりと笑って答えた。

 あの、俺の意思はどうなるんでしょうか。というかフランの血をもらった後からだがバラバラになるほど痛かったのに、更にアスタのヴァンパイアの血をもらったら、爆発するんじゃないですか? 

 確かに今の俺はリア充ですが、リア充マジ爆発ってシャレにならないっすよ。


「アスタ、初めての人って何? すっごい意味深そうですが」

「私たちヴァンパイアが人間の血を吸うときって、食事か、噛み殺す時だけなんだけどぉ、ヴァンパイア相手は愛の交換なのよぉ。最初は食事だけのつもりだったんだけど、正宗さんがぁ、あんなに私を受け入れてくれるとは思わなかったからぁ。愛の交換は私は初めてなのよぉ」


アスタが両手を頬に付けて赤面しながら答える。


「愛の交換……ああああ! また逮捕案件だぁあ! それにこれ不倫になる」


 スパーン!  


「ええ加減にせんかい! まったくややこしい! 誰も来んわい! 男ならどしっと構えんかい!」


 またしてもフランにハリセンで引っ叩かれた。


「お姉様。どうなされたのぉ?」

「いや、実はの、かくかくしかじかでの」


 フランはこの国の未成年者の扱いをアスタに説明した。


「あらぁ、そうなのぉ。じゃあ正宗さんにぃ、責任取ってもらわないとねぇ」


 アスタが妖艶な笑顔をしながら、俺の首に牙を穿った。

 アスタの牙から体内に何かが入ってくるのがわかる。ヴァンパイアの血だろう。

 フランから悪魔族の血を分け与えられ、更に今、アスタからヴァンパイアの血を分け与えられている。

 美少女悪魔っ娘と美少女ヴァンパイアに血をもらうなんて、地球上のすべての男とは言わなくとも、アキバの我が同志たちがこの状況を見たら、間違いなく裏切り者と言われ、市中引き回しの上、はりつけ獄門のフルコンボとなるだろう。


「ふぅ。完了よぉ。正宗さぁん、いえ、正宗お兄様ぁ。気分はどうかしらぁ? 」

「え? お……お兄様? お・に・い・さ・ま・ぁああ! この甘美な響き!  これぞ青春だぁああ!」

「だって、お姉様の旦那様でしょぉ。じゃあお兄様じゃなくてぇ?」

「そだね。ということは、キタァアアア 俺にも妹ができたぁあ! 非モテの神様ぁ。もう何と感謝してよいかわかりません! 俺の妹がこんなに可愛いなんて! ありがとうございます! ありがとうございまぁあすぅう!」

「こりゃ正宗、悪魔の眷属が、いやもうすぐヴァンパイアの眷属にもなるお主が神を崇めるとは一体何じゃ?」


 フランが呆れた顔で見てくる。


「可愛いって言ってくれてうれしいのだけどぉ。ねえ、お姉様ぁ。お兄様って何か変な宗教でも入っているのぉ?」


 アスタは不思議な目で見てくる。

 

「いや、どうも妾と会うまで全く女性に縁がなかったらしく、女性にもてない『非モテの神様』とやらがいると思い込んでいるのじゃ。そのような神には、妾は心当たりがなくての」

「私も知らないわぁ」

「神はそれを信じる人の心に宿るんだよ」

「お主はもはや……ふぅ……」


 万物の心理を説くがごとくアスタに力説するが、人間をやめた自覚のない俺にフランは呆れているようだった。


「お兄様とお呼びするのがお心障りでしたら、『おにいちゃん』では如何でしょうかぁ?」


 アスタが頬を赤くしてはにかみながら目を覗き込んでくる。

 おおおお! おをぉ? おにいちゃんんん?! 

 俺のハートはキュン死death! サドンdeath! 


「どれ、アスタの食事も終わったようじゃし、後片付けをするのじゃ。アスタや手伝え。正宗、お主も生き返れ」

「はぁい、お姉様ぁ」

「アスタもエプロンつけなよ」


 俺はキュン死から生き返り、買ってきた荷物の中からエプロンを取り出しアスタに渡してあげる。


「アスタや、お主もメイド服を着てみるがよい。大八洲の文化も知っておくのじゃ」

「うゎあ、嬉しいですお姉様ぁ。着させてもらいますねぇ」

「ちょっと、隣の部屋に行っているからさ、着替え終わったら言ってね」

「はぁい」


〜〜〜あとがき〜〜〜

この度は沢山の作品の中から拙作をお読み下さりありがとうございました。

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