第11話 ヴァンパイア娘の来襲

「ただいまー」

 アパートのドアを開ける。


「誰もおらぬのに……ん? 正宗や、ちょっと待つのじゃ」

「どうしたの?」


 フランの表情が変わっている。明らかに戦闘態勢に入っている。


「誰じゃ! そこにおるのは?」


 フランが真っ暗な部屋に向かって問いかける。

 両手からは光が出始め、頭の角のカモフラージュが解けてこっちも光っている。

 ヤバいこれ、ガチの戦闘になるかもしれない。

 部屋どころか建物いや周囲一帯が吹っ飛ぶかもしれん!  

 すると中から女性の声が聞こえて来た。


「お姉様ぁ! 私よぉ! さっき遊びに行ったらぁ、ここにいるって叔父様から教えられたから来ちゃったのよぉ!」


 え?魔界からまた誰か来たの?

 フランの妹か?


「何じゃ、アスタか。びっくりさせおって。高い魔力を感じたから何事かと思った」

「ごめんなさいねぇ。誰もいないしぃ、真っ暗だしぃ、明かりないしぃ、どうしようかと思っていたのよぉ」


 フランはほっとした様子で、親しげに話し始めた。

 部屋に入り明かりをつけると、そこには黒いマントを羽織ったフランよりも年上に見える妖艶な美女が座っていた。

 銀髪ロングで、透き通るような白い肌、赤い目、スレンダーな体形をしている。

 ん? 気のせいか姉貴に面影が似ているような。

 他人の空似とはよく言ったものだ。

「フラン、この方はどちら様?」

「アスタ。自己紹介するのじゃ」


 彼女はすっと立ち上がり

「初めましてぇ。アスタチナ・フルオロ・ヴァンピエーラと申します。アスタとお呼びくださいませぇ」


 貴族が行うカーテシーで挨拶をし始める。

 

「こちらこそ、紀伊正宗です。始めまして」


 初めてだよ、カーテシーなんて。王室くらいしかもうやっていないんじゃないのか? 


「正宗や、彼女は妾の幼馴染というか、従妹での、まあ妹の様なものじゃ」

「妹? フランより年下……まあ年のことはいいや。俺の常識は捨てたほうがいいから」

「良い心がけじゃ」

「彼女もフランと同じ悪魔族なの?」

「いや、ヴァンパイアじゃ」

「え? マジ?」

「そうよぉ。ひょっとしてぇ、ヴァンパイアがいること信じていないのかしらぁ? まあ仕方ないわよねぇ。私たちヴァンパイアは人間からしたら敵だからぁ。うふっ」

「いや、目の前に悪魔が現れたからね、ヴァンパイアがいてももう驚かないよ」


 もう何が起きても驚かない自信がつき始めたような気がする。


「アスタや、正宗はもう人間ではないのじゃぞ。妾の眷属じゃ」

「あらぁ! 正宗さぁん。おめでとぉ。お姉様、良い方を見つけられましたわねぇ。でもぉ、お姉様人間嫌いじゃなかったかしら? 叔父様からはいつも魂が汚れた連中ばかりだと聞いていたんでしょぉ?」

「まあ、いろいろあってな」

「あらまぁ、聞きたいですわぁ、お姉様のい・ろ・い・ろ」


 アスタは妖艶な目をして俺を見定めてきた。


「まあ、後で話すのじゃ。どれ、正宗や荷物を何とかしようぞ」

「そうだね。夕飯も作らないとね」


 ディメンジョントランクを開き、荷物を取り出す。


「あらぁ、人間が魔法使えるなんて本当に久しぶりに見たわよぉ」


 アスタが眼を見開いて驚いている。


「正宗は筋が良いようじゃ」

「フラン、これ開けてみたらいい。俺は夕飯の支度をするから」

「妾も妻としての務めがある。夕飯の後にしようぞ」

「じゃあ、エプロンだけでもつけてくれ」

「わかったのじゃ」


 フランは荷物の中からエプロンを取り出し、身に着ける。


「お姉様よく似合っていておいでよぉ」


(おおおおお! エプロンつけた女の子ぉおお! これでメイド服着せたらもう昇天状態!)


「じゃったら正宗、メイド服着てやるぞえ」

「あらぁ! 正宗さん、もう念話使えるのぉ。すごいわね。私にも聞こえたわよぉ」

「うげ! あの、俺の妄想だから、その……」


 夢にまで見たエプロン女子の姿に念話スイッチが入ったらしい。

 その間に、フランが隣の部屋でメイド服に着替えてきた。


「きゃあ お姉様素敵ですぅ!」

「そうか?」

「ええ。とってもお似合いですよぉ」


(ついに、ついに俺の部屋に超絶美少女メイドがぁああ。生きていてよかったぁああ!)

 心の中で思いきりガッツポーズをきめる。


「じゃから、正宗や、お主は……もうよい」


 夕食の支度を始める。

 買ってきた鶏肉はから揚げに、秋刀魚は切り目を入れて塩を振って塩焼きにしよう。

 手際よく俺は進めていく。

 伊達に学生時代から一人暮らしを続け(ざるを得ない)てきたのではない。


「妾は何をすればよい?」

 こういう時は奥様にやってもらうのが顔を立てることになるとラノベやエロゲー(?)でシミュレーションしてきたのが役に立つ。


「鶏肉を切ったから、唐揚げ粉をまぶして油で揚げてね。秋刀魚は下処理しておくから、グリルに火を入れておいてね」

「わかったのじゃ」

「私何をさせてもらえればいいかしらぁ?」


 アスタも何か手伝いをしたいようだ。


「アスタはその机の上を片付けて、食器を用意するのじゃ」

「わかりましたぁ」


 そうこうして、夕食が出来上がる。


「正宗や、このエプロンはいいものじゃの。これがなければメイド服が汚れておったぞ」

「でしょ!」

「人間の世界にも便利なものがあるのねぇ」

「じゃ、食べようか」


 フラン、アスタの三人で食卓を囲む。

 ああ、こんな美少女たちと一つ屋根の下で食卓を囲めるなんて……


「そういえば、正宗や、秋刀魚のことがどうぞうこうぞ言っておったが」

「そうそう、秋刀魚が鉱石の中を泳いでいくって言っていたけど」

「アダマンタイトとテクタイトが混じった鉱石があるのじゃが、秋刀魚はその鉱石を食いながら鉱石の中を移動していくのじゃ。じゃから秋刀魚の歯は恐ろしく頑丈じゃし、外皮も非常に硬いのじゃ」

「そうよぉ。しかも鉱山の中で秋刀魚の群れに襲われたら、骨も残さずに食べられてしまうのよぉ」


 何それ怖い。


「ちょっと待った、アダマンタイトって、あの猛烈に硬いという伝説の金属だろ? テクタイトって確かガラスの溶けたような? そんなのが混合岩石になっているの?」

「そうじゃ。それを食っているからミネラル分がたっぷりの魚で重宝されるのじゃ」

「鉱山で魚が取れるってのも想像できないが、何よ、その凶暴な魚は。ホオジロザメが可愛く見えるよ。すると、秋刀魚の歯は取り出して武器にできるの? 外皮は防具になりそうな気がする」

「ほう。良い所に気が付いたのじゃ。オリハルコンをぶった切る金属が、サンマノハという金属なのじゃ。」

「オリハルコンまであるのか? じゃあミスリルもあるの?」

「そうじゃ、妾のこれはミスリルでできておる」


 そういうとフランはディメンジョントランクから一振りの刀を取り出した。


「ちょ……フラン、わかった、そこに置いて、ゆっくり飯を食べさせてくれ。食べた後でじっくり見させてほしい。お願い」

「すまぬ。つい興が乗ってしまった。わはは」

「お姉様ったらぁ」


 アスタがコロコロと上品に笑う。


「アスタ、さっきから全然食べていないけど、口に合わないの?」


 アスタがさっきから何も食べていないのに気づき、やはり人間界の食事が口に合わないのかと心配になる。


「おお、そうじゃ。正宗に言うのを忘れておった。アスタはヴァンパイアじゃからの。人間界での食事は主に精霊からマナをもらうか人間の血液をもらうかじゃ。魔界では勿論普通の食事もするがの」

「でもぉ、最近の人間は変な病気もあるし、輸血パックがほとんどよぉ。こっちには精霊も少ないから、やっぱり人間の生き血が一番ねえ。若い子に限るけどねぇ」

「ヴァンパイアも大変だね。あれ? じゃあ今日の夕食は?」


「これよぉ」


 アスタは血液パックを取り出した。


「随分と現代的というか……それ漫画のネタでよく出ているんだけど」

「あらぁ、そうなのぉ? じゃあいただき方も同じかしらぁ」


 そういうとアスタはストローを刺して飲み始めた。

「その通りです、ハイ」


 ヴァンパイアといえば、首の横に牙を立てるものだと思っていたのだが……変わっていくものだな。何もかも。

 アスタは俺たちの食べる速さに合わせてか、ゆっくりと少しずつ飲んでいる。


「あと、お肉もバジリスクや砂クジラとかって言っていたけど」

「うむ。バジリスクの砂肝やモモ肉は結構うまいぞ。砂クジラやワイバーンは貴重な肉じゃが、これもまたうまいのじゃ」

「バジリスクの砂肝って食べたら毒で死にそうな気がするんだが」


 ラノベで読んだ知識で二人に聞いてみる。


「人間ならあっという間じゃ。我々はどうともないが、まあ火を通せば生臭さが取れて旨いのじゃ」

「砂クジラって何よ?」

「砂の中を泳ぐ動物じゃ。息を継ぐときに砂を吹き出すのじゃ。大きさはそうじゃの、秋葉原にあったアダルトショップが入った建物ぐらいかのう」


 高さ20メートルはあるようなビルだったな。

「めちゃくちゃでかいやん」

「まあそうじゃの。生でも焼いても旨いぞ」

「こっちのクジラと同じだね。ところで大根、そっちではノキアド? だっけ。味はどう?」

「ええ? これノキアドなのぉ? よく退治したわね! すごいわぁ」


 大根おろしを指して聞くと、アスタが驚く。


「アスタや、ノキアドはこっちでは大根と言っての、マンドラゴラと同じものじゃ」

「そうなんだぁ。じゃあ無害ね」

「うぉい! マンドラゴラって引っ張ったらすごい叫び声出して、聞いた人間は即死ってやつじゃないか?」

「人間ならばの。じゃが妾の国では畑で作っておるし、市場でも売られておるぞ」

 ところ変わればもの変わるっていうことだ。

 はあ、常識は吹っ飛ばした方がいいのかもしれない。いやこっちの常識は向こうの非常識なのだろう。


「もう驚くの馬鹿馬鹿しくなってきた……」


 思わずつぶやいてしまうがフランもやはり人間界の常識に驚いているようだ。


「そういうな、妾も同じじゃ。ノキアドと思ったときは本当にびっくりしたからの。しかしこの大根はピリッとしてそれでいて秋刀魚の肉によく合うのぉ。この醤油というのもなかなか良いものじゃの」


 三人でいろいろと話しなから食事を進める。

 こんな楽しい食事って本当に何年ぶりだろう。

 話す内容はもうぶっ飛んだ内容ばかりだが、そんなことはどうでもいい。

 一緒に話しながら食事をするのが、こんなに食事を美味しく感じさせるなんて。

 ああ、非モテの神様 ありがとうございます。


「おいしかったぁ。ご馳走様でした」

「うむ。とても美味だったのじゃ。魔族の王よ感謝する」

「お姉様、私もそろそろ良いですか?」

「おお、そうじゃ、そろそろ良いじゃろうて」

「え? 何? アスタ、何かあるの?」

「私のお食事時間よぉ」

「え?」

「正宗や、お主の血を分けてやれ」

「はへ?」


 その言葉に、思わず目が点になった。


〜〜〜あとがき〜〜〜

この度は沢山の作品の中から拙作をお読み下さりありがとうございました。

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