第6話 ファーストキスはビールの味

「自爆したな?」


 煩悩に負けたフランを目にしながら「してやったり」との顔をして缶ビールに口をつける。


「正宗……そんな旨そうなものを妾の前で飲みおって、しかも妾の歳を言わせおってからに。お主は鬼か? 悪魔か?」

「おいおい、『鬼とか悪魔』ってどの口がそれを言う? ……まあフランが血を入れてくれたから、俺は悪魔の眷属になるんだろうけどね」


 フランは、涙目になりながら唇をとがらせ、牛乳パックに刺されたストローに口をつけていた。


「この牛乳とやらも中々旨いが……」


 上目遣いにビールを飲んでいる俺を見てくる。


「健康にいいんだぞ。ネットにも書いているぜ」


 フランにスマホの画面を見せる。

 牛乳を飲みながら画面を読んでいたフランの目があるところで止まったように見えた。


「なんじゃと? 胸が大きくなるじゃと? 正宗や、何故にそれを先に言わぬ?」

「いや、フランはもう充分じゃ……ゴホン!」


 ビールにむせてしまい、缶を卓袱台ちゃぶだいに置くが、


「隙ありなのじゃ!」


 というや否やフランはビールを奪い取り飲み始めた。


「フーム。中々にうまいものじゃ! このシュワシュワとした感じと舌にピリッと来るのが良いの」


 フランは、舌をペロッと出しながら満足そうな表情をしていた。


「あの……フラン」

「何じゃ?」

「缶ビール、口をつけてしまったんだが」

「だから?」

「間接キスになって……」

「あ……あああ! しもうた! これは返すぞ!」

「でも、それに口を付けたら、フランとまた間接キスすることに」


「ええい、まだるっこしい!」


 フランに後頭部を両手でつかまれると……

 ファーストキスはこうやって奪われて(?)しまった。


「うむ、ビールの味じゃ」

 

フランは、ぺろりと舌をだしている。


「フラン……お前見かけによらず大胆だな」

 

 フランの予期しない行動に呆気に取られる。


「正宗にあそこの毛を食われてしもうたからの。もう腹を決めたのじゃ」

「食ってない」


全力で否定する。が、


「口に入れたのじゃ。食ったも同然じゃ」

「何も言い返せません。あ……」

「どうした? 」

「あぁああ゛ああぁあー!」

「今度は何じゃ?」


 不意に大騒ぎをする俺に、フランが困惑している。


「下手したら逮捕される!」

「訳が分からん。何故夫婦でキスをしたら逮捕されるのじゃ?」

「この国では、成年男性が18歳未満の女の子とそういうことをするのは、同意の上でもご法度なんだよ! もう俺会社クビになる!」


 すると、フランはにやりと笑う。


「ほう、では、妾を16歳と認めるのじゃな。ロリババアと言ったのも撤回じゃの?」

「ぐぅ」


 思いっ切り舌を噛んでしまった。


「もう寝よう。フラン、そこの布団に入って寝なよ」

「うむ。では正宗、腕枕をせい」

「いや。こっちにの炬燵布団で寝るよ」

「何を言うておるか、新婚の初夜であるぞ。愛する二人がすることと言ったら決まっておろうが」

「何でそんなことを知っている?」


 フランは、傍らに積み上げていた美少女同人誌を満面の笑みで手に取る。


「お主が風呂に行ったあと、この本が目に入っての。これには、愛する二人はこのようなことをしないと正式なカップルに成れぬと描いておったぞ。じゃから、一緒に風呂に入ったのじゃ」

「信じちゃいけません! そんな本!」


 自分の顔が真っ赤になるのを覚え、フランから本を奪い取る。

 倒錯の世界やイチャラブを性教育に使うバカはいないだろうが、このような形で人間界の性の事情をインプリンティングしてしまった俺の責任は重いだろう。

 嗚呼、生きている人間、悪魔より怖し。


「と、とにかく寝よう。俺も疲れた。腕枕してあげるから……」

「うむ。正宗。これからよろしくの」

「こ、こちらこそ末永くよろしくお願いします」


 フランも悪魔とはいえ異世界にきて相当疲れたのだろう、腕枕に頭をおくとそのまま寝息を立てて眠ってしまった。


 腕枕ですやすやと眠る美少女悪魔っ娘。

 髪の毛からふわりといい香りが漂ってくる。

 これは本当に現実なのだろうか? 

 朝起きたら全部夢落ちというのは……

 いや、それもあるかもしれんが……この天使(?)のような寝顔の娘と一緒にいられるのなら夢なら冷めないでくれと願わんばかりであった。


 ……眠れない……ガンガンに目が冴えている。

 そりゃそうだ。こんな美少女、しかも悪魔っ娘がいきなり表れて、怒涛の如く押しかけ女房となり、可愛い寝息をたてながら横で寝ているのだから。

 寝ろと言ってもそりゃ無理だ。


 青白い満月の光がフランの寝顔を照らしだし、この世のものとは思えない(当たり前だが)幻想的な風景が目の前に広がっている。


 頭がこの展開について行っていない。

 しかも今日で人間をやめて悪魔の眷属となってしまった。


 いや、そもそも命を引き換えにする条件だったから死ぬのは構わないのだが、それを超えてしまったところに俺はいる。

 それに……このバカ息子! いい加減にお前も寝ろ! 本当に現金な奴だ! 恥を知れ!  


 疲れ切って眠りたいのに、頭と息子だけに血が回って五体がバラバラになるような感覚に陥ってきた。

 というか、全身が痛い。いや全身から痛みと熱が出てきた。

 やばい。今流行りの変な風邪をひいてしまったのか? 

 いや死人が風邪を引いたなんて話を聞いたことがない。


 痛い……体がバラバラになるようだ! 熱い! 一体何なんだ!  


「う……あ……ぐ……」


 俺は声にならない声を出しながら悶絶していた。

 寝息をたててすやすやと眠るフランを起こさないようにしたいが、何ともならない。


「ん……」


 フランがふと目を開ける。


「ましゃむねぇ……。え? あ! おい! 正宗!どうした!」


 寝ぼけまなこのフランは、一度目を閉じた後すぐに目を開け飛び起きる。


「フラン、熱い、痛い」


 すると、フランは俺の体を触り始める。


「これは正宗の魂の欠片かけらと妾の血が融合を始めた証拠じゃ。楽にしてやろう」


 そう言いながら胸の上に両手を置くと、両手から青白い光がふわっと出始め、俺の体全体を包み始める。

 途端に体の熱と痛みがふっとやわらぎ始める。


「すごい……フラン。ありがとう」

「これで少しは寝られるじゃろ」


 フランが微笑みながら額に手を当てて詠唱を始める。

 柔らかい手の感触と、心地の良い詠唱を聞きながら意識を手放した。


〜〜〜あとがき〜〜〜

この度は沢山の作品の中から拙作をお読み下さりありがとうございました。

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