第2話 正宗、姉のために命を差し出し損ねる

 さかのぼること数カ月前


「お姉様ですが、急性白血病です。しかも骨髄線維症こつずいせんいしょうも併発しており、深刻な状態です」


 両親と俺が病院で医師から告知をされる。


「娘は助かるのでしょうか?」


 お袋の問いに、医師は今の医療技術では抗がん剤で白血病を寛解させても、骨髄線維症の治療が難しく、骨髄ドナーとの合致がなければ最悪のことは覚悟して欲しいと説明をしてきた。

 姉貴は頭もよく人付き合いも上手で、ミス大八洲皇国の本選まで残った美人だ。大学を卒業してOLをしていたがそのあと一念発起をして国立大学の医学部に学士入学し、今は医師をやっている。

 まさに天が二物を与えたというものだろう。

 その引換というものだろうか、弟の俺には、一物も与えられないどころか空気の読めない奴、変わった奴呼ばわりの学生時代だった。

 大学卒業後は公務員に就職し、システム開発部門でプログラミングと現場での機器調整等で二足の草鞋わらじを履きつつも重宝されているが、女性職員からはガン無視状態。

 先日も職場で「BBQ楽しかったねー」というのを聞き、完全に「いない君」扱いというのを悟った。

 姉貴が入院してからというもの、神社や仏閣に足繁く通い願掛けをしたりお守りを買ったりして届けたが病状は悪化するばかり。

 医師である姉貴は巡回の医師に「私の病状を事細かくデータに取ってください。医療技術の前進に役立ててください」とか、看護師には「あんた、働き過ぎっちゃうの? ちゃんと休みぃや」等気丈に振る舞っていたが、病魔はことごとく姉貴の体を蝕んでいくのが素人目にも分かった。

 本当に神様や仏様を恨んだ。


「何で、俺じゃなくて姉貴なんだ。俺の命なんか不要なのか? 姉貴の命じゃないと不満か? これだけお願いしているのに……」


 その時、とあるアニメのセリフがよぎる。


「我々悪魔は契約にはうるさいのである」


 そうか、神様仏様がダメならもう悪魔にお願いするしかない。

 方々で調べた魔方陣の書き方や呪文を元に部屋に魔法陣を描き、悪魔召喚の儀式を始めた。

 そう、姉貴を助けるため悪魔と契約をするのだ。

 俺の命で姉貴が助かるならこんなに安いことはない。

 どうせ生きていてもごみくず程度の人生だ。

 姉貴に俺の命くれてやる。

 呪文を唱え終わり、悪魔が出てくるのを待つ。

 10分、20分、1時間……、一向に悪魔は出てこない。


「俺は、神や仏にも見放され、悪魔にまで見放されたのかぁあ? 畜生めぇええ!」


 涙を流しながら床に突っ伏し、床をこぶしで叩きながら心の底から叫び声をあげる俺の耳に声が聞こえる。


「いや、そうではないぞ……」


 声の方を見ると、描いた魔法陣から悪魔と思しき者が音もなく現れた。

 年の頃50代ぐらいのロマンスグレーの髪の毛に金色の眼、側頭部から出た二本の漆黒の角。

 おお! なかなかのナイスミドルのイケオジじゃん。  

 目の前で起きていることが望んだこととはいえ信じられなかったが、勇気を奮って声を出した。


「あの、悪魔さんですか?」


 はあ、我ながら随分と間抜けな質問だ。もうちょっと気の利いた事言えないのかよ。

 その質問に目の前の悪魔も拍子抜けしたようだ。


「み、見ての通りだ。天使にでも見えるのか?」

「いえ、想像していたよりもずっとカッコいい方なので」


 テンパった俺はつい本音を出してしまう。


「そ、そうか。えっと、それで、儂を呼び出したのは何用じゃ?」


 悪魔が少し照れている。


「実は……」


 事の顛末を全て話し、姉貴の病気を治してほしいことを伝えると、悪魔が頷く。


「ほうほう、そうであるか。では承ったぞ。それでじゃ、契約をするには対価が必要であるのはわかっておるな? 貴様の命じゃ」


 命を捨てる覚悟は決めていたので、迷わずに勿論と即答する。

 すると、悪魔は一枚の紙を見せる。

 ああ、これが悪魔の契約書というやつだな。


「では、ここに貴様の名前をサインするのじゃ。よいか、サインしたが最後……」


 前口上はいい。どうせ死ぬんだからと、悪魔が話し終える前に紙をひったくりそのまま手元にあったボールペンでサインをする。


「ちょ! おま! 最後まで人の話を聞かんかい!」

「人じゃなくて悪魔ですよね」


 ニヤリとしながら、冷静に悪魔に突っ込みを入れる。


「そうじゃ。だ・か・ら! そうじゃなくて! まったく、お主のように、契約書をひったくった挙句に、迷いなくサインをする奴は初めて見たわ」


 悪魔が額に汗を出している。


「どのみちやることは決まっているし、今ここで命を差し出す覚悟もありますから。前払いしますか? ローンはできないでしょ」

 

 目を見ながら答える俺を悪魔は呆れた様子で見てくる。


「わかった、わかった。ではこれで契約完了じゃ。結果を楽しみにしておくがよい。はぁ」


 何故か肩で息をしているイケオジ悪魔は、ため息交じりに魔方陣の中に消えていった。

 そして数か月後、姉貴の病気が完全に治り、医学に奇跡が起きたと病院は大騒ぎになっていた。

 親父とお袋はうれし泣きをしており、主治医に何度も頭を下げていた。


「姉貴、よかったな。しっかりと生きていくんだぞ。いいね」


 無菌室にいる姉貴に言い残すと、自分の部屋に戻り身の回りの不要物を片づけ始めた。

 いわゆる身辺整理である。

 とは言っても、捨てるようなものはなく、借金もなく、フィギュア数体とお気に入りのDVDやPC以外財産といえそうなものはなかった。

 死んだ後の恥をさらさぬよう、PCからお世話になった「嫁」たちの画像データを消去し、ゴミ袋に男専用のDVDをねじ込んでゴミステーションに放り込む。


「短くてつまらない人生だったなぁ。まぁ最後に姉貴を助けられたからいいか。あとは時を待つだけか」


 その夜半、時は来た。

 目の前に魔法陣が形成され、その中から悪魔が現れた。


「いらっしゃいませ! お疲れ様です!」


 現れた悪魔に挨拶をする。


「いや、べつに疲れてはおらぬが。ついでに、どこの店じゃ? まあよい。契約は完了したな。ではよいな」


 悪魔からの言葉に「はい」と二つ返事をするが、「貴様、随分未練がなさそうだな」と不思議そうな顔で見つめてくる。


「生きてきてろくなことなかったので。まあこの年まで大病なく五体満足で生きてこられただけでもめっけもんですよ。有難いものですわ」


 合掌しながら答えると悪魔が感心したような表情をしている。


「ほう。若いのに随分と達観しておるな。長い間人間を見てきたが貴様の様な奴は初めてじゃ。では参るぞ」


 覚悟を決めた俺の胸に、悪魔が手を伸ばす。


「はい。お願いしま……あ、そうだ。あの……」


 大願成就、明鏡止水。もう思い残すことはないが人としてやっておかなければならないことを思い出した。


「何じゃ。今更心変わりか?」


 悪魔がギロリと睨みつけてくる。


「いえ、姉貴を助けていただき本当に有難うございました。悪魔さん、本当にいい人ですね。マジ神様ですね」


 涙ながらに悪魔の目を見て心の底からの感謝を伝えると、悪魔は意外なことを言われたようで、驚いた表情をする。


「おい。悪魔さんはないだろう。わしの名はルシファーじゃ。そもそも儂に向かって人だとか神様だとかとは何じゃ? しかし、貴様は面白い奴じゃな。ん? ちょっと待て」


 (え?ルシファーってあの堕天使ナンバーワンのお方じゃなかったか?)


 ルシファーは目の前に異空間を作り出し、携帯電話のようなものを取り出し、話を始めた。


(そっちの世界にもケータイあるんかーい!  )


「何? ふむふむ。ああもう……わかった、しょうがねえなぁ。すぐに戻る」


 何かあったのか、表情が変わっている。


「おい、貴様、儂は急用ができた。後でまた来る。よいか逃げるでないぞ。もっとも逃げられはせぬけどな。フハハハハ!」


 そういうや否や、ルシファーは魔法陣の中に消えていった。


「あの……ルシファーさん」


 ……姉貴のために命を差し出そうとした俺の覚悟を返せ。


〜〜〜あとがき〜〜〜

この度は沢山の作品の中から拙作をお読み下さりありがとうございました。

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