五月病

志央生

五月病

 わりと何でもできると思っていた。別にコミュニケーションが苦手でもないし、友人もいてアルバイトでもそつなくこなせていた。だから、自分はやればできるタイプだと思い込んでいたんだろう。

「はぁー、あのさ」

 呆れたようなため息と面倒臭そうな表情と声。それが薄暗い部屋で布団の中に篭る今も耳に聞こえる気がする。ここには誰もいないことはわかっているのに記憶からは消えない。

 一層布団の中に体を押し込めるようにして体を縮める。仕事を辞めたのは三日前だ。直接言える気がしなくてネットで探した代行サービスに依頼をした。社会人初めての給料はそこに消えた。

「すべてこちらで対応いたしますので」

 業者の心強い言葉に私は「お願いします」と言うのが精一杯だった。辞められる安心感と決まっていない先の不安感があったけれど、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせた。

 予定のない一日をどうするかしばらく考えて見れていない録画のテレビを見ようと決めた。不安を心の端に寄せて楽しいことで紛らわせようと無理やり気分を上げる。気になっていたはずの番組を流しても話が頭に入ってこない。どれだけ見ても不安を誤魔化しきれはしなかった。

 今度はベッドを横になりスマホを触る。とにかく何かをしていないと落ち着かなくてネットサーフィンに浸る。こうやってスマホをゆっくり触るのも久しぶりな気がした。そう思っていると急に着信画面が表示される。その名前に喉が閉まった。

 一気に現実に引き戻され、端に寄せていた不安感が一気に心を占領する。出たくない、そう思うが着信が切れる事はない。延々と私を呼ぶようにスマホは振動を続ける。

もう出るべきなのか、と頭をよぎるが何を言われるかが予想できた。

「やっと出たか。どういうことだ辞めるとは、こっちは時間割いて教えてやったって言うのに。なんか言ったらどうだ」

 そんなふうに一気に浴びせられる言葉に想像がいき、スマホを手の届かないところに置く。もう何も言われたくない、そのために辞めたのだ。それでもスマホは何度も私を呼んでいたけれど、充電が切れたのかいつからか何も言わなくなった。

 いつの間にか寝ていて気がついたら朝になっていた。スマホを確認して充電切れしていたので充電器を差し込んだ。復活したスマホに何十件もの不在着信があり怖くなったが、その中に代行業者のものがあった。

「無事に退職の手続きが終わりましたので、あとは後日送られてきます必要書類などを」

 業者の話に耳を傾けながら終わったのだと安堵し静かに泣いていた。電話が終わり履歴を消しているとトークアプリに反応があった。

嫌な予感はしていたけれど日常的に使っていたアプリを開かないわけにはいかなかった。震える指でアイコンをタッチして開く。トップに表示されたそれは教育担当者だった。

「辞めるときまで迷惑かけんな」

 その言葉が私にトドメを刺したのだった。

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五月病 志央生 @n-shion

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