第2話 地下倉庫の幽霊
ロッカールームを片付けると、もう一方の物置の掃除に向かう。
こちらは竹刀や防具などの道具、移動式の黒板など、部長が中等部に入る前からあった備品――それからマジカルと名の付く食料飲料が山積みになっている。
「引っ越しのバイトを思い出すね……!」
段ボール箱を整地しながら部長が笑う。私やリルベットも持ち前の膂力を発揮し……シュベルトさんは「腰が死ぬっす!」と叫んでいる。喋れるだけまだ余力はありそうだ。
「――一応は学園内、しかもただの掃除だし、神器や魔法はなしでね!」
一番動いている部長が言う通り、学生らしく働くというのも大切だ。
いる物といらない物を分別、皆の頑張りや、私のかつてのゴミ拾いの経験も活き――思っていたよりは早く、二つの物置の掃除は完了した。
「本番はこれから! ついに地下倉庫だよ!」
疲れ知らずの部長が、一層テンションを上げて宣言する。
旧武道棟内の角、木床の一部が四角く縁取られている場所が、地下への入り口だ。
部長は大きな鍵を差し込んでから、床を持ち上げて倉庫への道を開いた。
「初めて来ましたけど……く、暗い、ですね」
「あたしも荷物を突っ込んで以来だよ。電気は通ってて……あ、スイッチあった!」
部長が照明をつけてくれて、やっと階段を下りていくことができる。
もわっとした生暖かい風が頬を撫で、なんとも言えない埃くささが鼻腔をつく。
「「「「うわぁ……」」」」
階段を下りきり、到達した地下倉庫を前に私たちの声が重なる。
思わず溜息が出てしまうほど、そこは様々な物で溢れかえっていた。
「うん! これは想像以上にひどいね!」
階段傍には部長が以前に突っ込んだという荷物があった。
しかしそれが可愛いと感じてしまうほど、倉庫の大部分は謎の本が山積みである。
「これがベネムネ教諭が保管しているという書物でしょうね」
「保管っつーか、放棄じゃないっすかこれ?」
「でもでも! どれも貴重で希少な本ばっかりだって話だよ!」
旧武道棟は『
先生、一応は学園で図書室の司書なんですよね……?
「しかし地下書庫には、相当に強力な結界が張られている様子、すさまじい警戒度です」
「っすね。壁全体に物理障壁まであります。見た目はともかくセキュリティは鬼仕様っす」
部長の使った鍵も特別製らしく、シュベルトさん曰く堕天使技術の粋が見えるそうだ。
ここの本たちに価値があるのは間違いないのだろう。
私は興味が湧いてきて何冊か手に取ってみるが――
「……『異世界武将召喚術・
古めかしい巻物に始まり、漫画から雑誌まで多種多様なラインナップだ。
試しに『御厩零式』を読んでみたが、姫武将とかいう謎概念が語られていて、クルクルとめくってみるが理解ができな……あ、ベネムネ先生のヘソクリが挟まってる。
「――見てみて! 五輪書あるよ! 絶花ちゃんのご先祖様の本!」
「――こちらには剣士フィオレ・ディ・リベリの初版本が。素晴らしい逸品ですよ」
「――魔法剣術もあるっすね。北欧の図書館なら封印指定されてるものもあるっす」
私がヘソクリの扱いに困ってると、三人はそれぞれ盛り上がりを見せる。
ちゃんと剣術系の本も多数あるようで……いいもん。巻物も漫画も雑誌も面白いもん。
「っと! あんまり読むのに夢中になったらいけないね! 片付けしな――」
本来の目的を思い出した部長が、私たちに音頭を取ろうとする。
しかし言葉を続けようとした瞬間――ガシャ、という大きな金属音がした。
「もー! 誰か剣持ってきてるでしょ! 薄暗い地下室だからって心配しすぎー!」
いくら不気味な場所でも、怪奇現象は起きないと部長が笑う。
「わたしは剣を出してませんが?」
「僕もなにもしてないっすよ!」
「て、天聖もおとなしくしてます……」
もちろん部長も手ぶら。私たちは顔を見合わせる。
「な、なぁんだ! ネズミでもいて何か落としたんだ! なにせ長年手入れしてな――」
部長が不安な空気を取り直そうとして――ガシャガシャ、と再び音がする。
「偶然偶然! ネズミの大行進! まさか部室の下にオカルトな現象なんて起き――」
ガシャガシャガシャガシャ! 段々と音が大きくなっていく。
「「「「………………」」」」
私たちは再び互いの視線を合わせた。何を言いたいかは全員同じである。
「宮本さん出番です。よろしくお願いするっす」
「私!? 出番!? 妖怪とは戦ったことありますけど霊的なものは……」
「ゴーストは西欧では珍しくない。しかし絶花がどうしても戦いたそうなので譲ります」
「まったく戦いたくないよ! いつもみたいにリルベットのドラゴンパワーで……」
「絶花ちゃん! あたしたちオカルト剣究部だから! こういうこともある!」
「部長まで!? 悪魔ですよね!? こういうことのプロフェッショナルですよね!?」
いやいや、落ち着くんだ。まさか学園に霊的なものがいるはずないでしょ。
しかしその間も、ガシャ、ガシャ、ガシャと、段々と音が近づいてくる。
そして私たちのすぐ傍で止まり、皆で恐る恐る振り返ると――
『……オ……ッ……パ……イ!』
そこにいたのは動く甲冑。そのフォルムからして女騎士らしいが……。
兜の隙間から妙な光を発し、不気味なうめき声と共に両手をこちらに伸ばしてきて。
「「「「で、でたああああああああああああああああああ!」」」」
皆で一目散に階段を上がって逃げていく。
部室を綺麗にするために始めた大掃除なのに――私たちは
(続く)
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