第5話 喧嘩無双?
そして夏祭り当日。
夕刻の空の下、私は清掃の仕事をしていた。
いっぱいになったゴミ袋を結び、社務所の裏手に運んでいく。
途中でゴミが落ちていれば拾ってそれも捨てる。
「す、すいませ……通してくださ……」
人混みをかき分けながら、なんとか前へと進む。
私は圧倒されていた。前も後ろも横もどこを見ても人だらけ。
この町中全ての人間が集まっている、そう疑うほどの混雑具合だ。
「こ、これはボランティア、募集するわけだ……」
留年の救済措置とされるだけあり、正直ぜんぜん楽な仕事ではないと痛感する。
ただ人とよく接する誘導の仕事より、清掃の方がまだ性にあっていて良かった。
「おつかれさま。宮本さん」
ゴミ集めで境内を右往左往していると、赤い誘導棒を持った櫛橋さんと出会す。
「あ。お、おつかれさ――」
にこやかに手を振っている櫛橋さんに、挨拶をしようとして立ち止まる。
彼女の傍には、いつしか遭遇した、櫛橋さんの後輩たちの姿があったからだ。
「「「「み、宮本先輩……!」」」」
みんな浴衣を着ていて綺麗だ。
ただその表情は恐怖で一杯という感じだけれども。
よく見ると彼女らの手には、食べ終わって出たらしい、プラ製のコップや片方だけの割り箸が握られていて――
「……使い終わっていれば、回収しますよ」
臆するな! 私は清掃係なのだ!
後輩たちと上手く会話はできないが、仕事ぐらいは全うしてみせる!
その気持ちで、彼女たちのゴミを受け取ろうとするが――
「「「「いやいやいやいや! お手を煩わせるわけには!」」」」
ものすごい反省顔で後ずさってしまう。
それではゴミを受け取れないと近くづくと、さらに彼女らは後退していく。
……ゴミ、もらいたいだけなんだけどな。
「――イってーな!」
すると私に気を取られていたせいか。
後輩たちの内の一人が、いかにも不良然とした男性にぶつかってしまう。
「どこ見てんだよ! あぁん!?」
金色の大砲のような髪をした学生服の男が吠える。いつの時代の髪型なんだ。
「兄貴の立派なリーゼントが崩れたぞ!? あぁん!?」
「迷惑料は五千兆円だな! あぁん!?」
リーゼントの両隣にいた子分らしい二人も追随する。
その子は素直に謝るが、男たちは相手が年下の中学生と見るや、さらにその勢いを増す。
というか五千兆円って、それもう大富豪どころの話じゃないよ。
「――そこまでにしてあげてください」
元はといえば私の顔が怖かったせいなのだろう。
仕方ないと私はその後輩の前に立った。
櫛橋さんに任せるのも悪い。というか風の力を使うわけにもいかないだろう。
「せ、先輩……」
不良たちの「あぁん!?」三連撃に涙目の後輩が、不安そうに声を上げる。
「大丈夫」
「で、でも……」
これまでたくさんの敵と死合ってきたのだ。
いまさら不良のメンチごときに臆することもない。
「下がってて」
流し目で、黙って見てなさいという風に伝えると、後輩は赤面しながら小さく頷いた。
それでいい。下手に騒ぐと相手を刺激するだけだ。
「んだよテメェは!? あぁん!?」
リーゼント先輩の両隣にいた、子分的立ち位置の不良がまた吠える。
「私はここの清掃係です。この子も謝っているし許して頂けないでしょうか?」
「清掃係ィ!? 何言ってんだ!? なんかオレたちに関係あんのかよ!」
なるべく誠意を見せて説こうとするが「あぁん!?」とやはり一蹴されてしまう。
どうやら聞く耳は持たないらしい。
「騒ぎを起こすと他の方に迷惑ですので……」
目尻をかすかに鋭くして男たちを見つめる。さてどうしよう。
「こ、こいつ! 兄貴にガン飛ばしやがっ――」
「ま、待てィ!」
真ん中のリーゼントが慌てた様子で手下を止める。
「オレのツッパリ魂がビンビンに反応してやがる。この女――ただ者じゃねェぞ」
ツッパリ魂? 突っ張ってる髪のこと? 危険察知能力でも備わっているのだろうか?
「まさか、あんた、喧嘩無双のミヤモトか!?」
喧嘩無双なんてあだ名は知らないが、私は宮本という名前で間違いない。
「あ、兄貴! それって、隣町の不良校をたった一人で壊滅させたっていう……」
「乳のでけー女とは聞いてたが、間違いねぇ――こいつがそのミヤモトだ!」
ち、乳のでけーっ!?
失礼な! もっと他に覚える特徴あるでしょ! どこかと聞かれると困るけどさ!
「な、なんで、あんたがこんな所にいる、まさか……」
自分たちをシメにきたのかと、リーゼントの髪が真っ青になる。
変化するの、顔じゃなくて髪なんだ……どういう仕組み?
「誤解されたくないんですが、私はあくまでただの清掃係」
さっきも言ったことを繰り返す。ただし一層に目を鋭くして。
「――私の仕事は、ゴミを片付けることです」
それを聞いた瞬間、不良たちは飛び上がる。
「「「すいやせんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」
叫びながら走り去っていく。
胸について苦言を呈そうかと思ったが、無事に事が収まったというのならいいだろう。
「あ、あの……」
すると背後にいた後輩の子が、おずおずと声をかけてくる。
「た、助けていただき、ありがとうございました!」
感謝されることはしていない。結局は数言だけあの不良と喋っただけだし。
でも私はボランティアの仕事もある。
これ以上の厄介事は御免であると、あくまで自己保守的な理由で後輩に返事をする。
「あまりよそ見はしないように」
ちょっと厳しめの口調で言っておく。
すると後輩がシュンとしてしまったので。
「できる限りで気をつければいいと思います。私だっていつも完璧じゃないですし」
数日前も、天聖に言われるまで水中にいる河童に気づけなかった。
しかし日常がいつ戦場になるか、周囲へ警戒を怠らないのは悪いことではない。
「お祭り、楽しんでください」
「宮本先輩……」
それこそ、できる限りの笑顔で元気づけるようにする。
といっても、笑顔は苦手で、目元ぐらいしか上手く笑えなかったけど。
後輩はそんな私をどこかぼーっとした顔で見ていて――
「…………そ、それじゃあ、せ、清掃の仕事に戻ります」
そんなにまじまじと見つめられると緊張してしまう。
なんだか変な空気が流れてきたので即時退散とする。
私は目に見えるゴミを瞬く間に拾いその場を後にしたのだった。
「――ありがとう、宮本さん」
しばらく黙々と作業していたら、櫛橋さんがやってきてそう告げた。
「いえ、ゴミ拾いは私の仕事なので」
「じゃなくて。さっき後輩の女の子守ってくれたでしょ?」
「あぁ……」
あれは流れでそうなっただけのこと。
もともと私の顔が怖くて始まった話だ。
「あの時の宮本さん、ほんの一瞬だけど、歴戦の猛者みたいな雰囲気があったよ」
「そ、そうですか? ただ立っていただけですけど……」
「強者は立ってるだけで独特のオーラを発する。わたしの従兄たちみたいにね」
「……?」
「ううん。なんでもない。宮本さんは特別な目を持っているだけだもんね」
何か言い訳が必要かと思ったが、どうやら一人でに納得してくれたらしい。
「そういえばあれから妖怪の姿って見た?」
「いえ」
「やっぱりあの時に捕まえていれば……」
櫛橋さんが悔しそうに誘導棒を握りしめる。
「でも、今のところは、なにも事件は起きてないですし……」
もしかしたら私たちに姿を見られたことで、この祭りからは手を引いたのかもしれない。
そもそも祭りを狙うって、具体的に一体何を狙うのだという話である。
「それもそうね。お――あそこのお店、まだ行列できてる」
それから一緒に祭りの中を歩いていると、おもむろに櫛橋さんが指さした。
聞くと、どうやら祭りが始まってから、ずっと長蛇の行列ができている出店らしい。
「冷やしきゅうりだって、よっぽど美味しいのかな」
櫛橋さんは味が気になるらしく並ぶが思案している。仕事中ですよ。
「宮本さんも食べたいよね?」
「す、すいません、私、きゅうり苦手でして……」
「え。そうなの?」
宮本さんにも嫌いものあるんだと意外がられる。
おっぱいはもっと嫌いですよ。
「ふむ。きゅうりの原価を考えると、この出店は相当儲かってるわね」
「はぁ」
「お昼からこの調子だとすれば、一体何百、いや何千本売ったのやら」
何百何千本ってすごい規模感だ。店先には『産地直送! 幻のKO町産!』と謳い文句があるが……KOって何の略だろう。逆に怪しいよ。
「そもそも、それだけの品数、どうやって補充し続けてるのかしら?」
人混みのせいで屋台の中は見れない。
しかし、どう見ても何千本も置いておけるようなスペースはなさそうだ。
「仮にあったとして、常温であったものをすぐにキンキンにまで冷やせるのか……っと、
ごめんね。従兄がよく経営学を口にするから。ついついわたしも考えちゃった」
きっと私たちが知らない機械や技術でも使っているのだろう。
発達した科学は魔法と見分けが付かないと言われるし、何かしら方法があるのだ。
「――あ。すまんね」
立ち止まっていたせいか、ここで誰かと肩がぶつってしまう。
すぐさま振り返ると、そこには皿を乗せた法被姿の男がいた。
彼は私に見つかったことで固まり、それを見た櫛橋さんも固まって――
「「「…………」」」
出てしまった、河童が。
「つ、つ――」
櫛橋さんがなんとか言葉をひねり出す。
「つかまえないと――!」
かくして、祭りの最後は河童との追いかけっことなりました。
《つづく》
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