第4話 謎の妖怪

 奏川神社での夏祭りは土日での開催だ。

 私と櫛橋さんの仕事は、当日の清掃や誘導だけでなく、準備期間のうちにテントを張ったり椅子を並べたりと設営まで含まれている。


 そこで平日の昼過ぎ、私たちはさっそく会場となる神社へと出向いていた。


「……暑い」


 全身から汗がしたたり落ちる。

 留年を回避するためとはいえ、いきなり夏の厳しさにやられそうだ。


「宮本さん。実行委員の人から差し入れもらったよ」


 櫛橋さんが『奏川祭り実行委員会』とロゴの入ったTシャツを着て現れる。

 そして爽やかな笑顔をして、同じTシャツを着て死にかけの私にそれを手を足す。


「ら、ラムネ……!」

「水分補給はしっかりね。だいぶ進んだみたいで、しばらく休憩してていいみたい」

「は、はい……ありがとうございます……」


 私たちは私たちが張ったテントの一角に腰を下ろす。


「……ぷはぁ! 美味しい!」


 櫛橋さんが豪快にラムネをあおる。

 そのままCMに使えそうなくらい気持ちいい飲みっぷりだ。


「な、なんだか、楽しそうですね……」

「楽しいよ? お祭りの手伝いなんて初めてだし。宮本さんは? やっぱり暑いの嫌?」

「わ、私は、暑さも大変ですけど、人と話すのがちょっと難しくて……」


 私の課題は荷運びなんかよりコミュニケーションだったりする。

 なにせ普段ロクに他者と関わっていないのだ。

 ただ、こういうところから改善していかないと、いつまでも友達なんかできない。


「そっか。確かに初めて会う人とは緊張しちゃうよね」


 うんうんと櫛橋さんが頷く。

 いい人だ。こんな後ろ向きな私を一切否定しない。


「むしろ最初から警戒心ゼロの方がよくないよね。常に緊張感を持っているからこそ、例の隠れている妖怪だって見つかるかもしれないし」


 ……いい人だけど、これがあるんだよね。


 結局、私は櫛橋さんにお願い攻撃をされて、妖怪捜しを手伝うことになる。

 監視カメラが増えれば、それだけ犯人も見つけやすい。

 それと同じ原理で、私は自身のよく視える目とやらを買われたわけである。


「えい、精霊扇風機」


 本当に妖怪なんているのかな、私なんかに見つけられるのかな。

 ぼーっと考える私に、櫛橋さんが人差し指を向ける。

 すると指先から小さな竜巻が生まれ、私の頬をつむじ風となって駆けていく。


 どうやら風の精霊とやらで涼ませてくれるらしい。

 周りに見られないか心配したが周囲に人はいないようだ。


「……ありがとうございます」


 私はそれに甘えて、前髪を大きくかき上げ風に当たろうとする。

 するとニコニコしていた櫛橋さんが、少し目を丸くして見つけてくる。


「……わ、私の顔に、何かついてますか?」

「えっと、宮本さんの顔を、間近でちゃんと見たのって初めてだなって」


 たぶん怖い顔だなとか思われてるんだろうな、と逡巡したが。


「宮本さん、美人だね」

「……っぶは!」


 ラムネを吹き出してしまう。予想もしていところから一撃もらったようだ。

 先生の時もそうだけど不意打ちが得意ですね!?


「……っご、ごほ! な、なんですか突然!」

「そんなに驚かなくても」

「お、驚きます。そんなこと言われたことないですし……」

「ほんとに? 男子から告白とかされない?}

「な、ないなですないです」


 あ、でも決闘の申し込みはよくされますよ。


「自信持っていいと思うけどな。学校でもダントツの美人だと思うよ」


 これはあれだろうか。よく女子同士が「あなたの方が可愛い!」「いやいや私なんかよりあなたの方が可愛いよ!」と互いを褒めまくる謎現象のやつである。


「よく見れば胸も大きいし。わたしなんか中一からBカップ止まりだよ?」

「む、胸――Bカップ――!?」


 はっとして視線を下にさげた。

 大丈夫、彼はまだおとなしくしている。

 しかしこのままおっぱいの話が続くとどうなるか――


「……ちょ、ちょっと手を洗ってきます!」


 櫛橋さんとの会話から逃げたい一心で立ち上がる。

 実際、さきほど吹き出した時にラムネがこぼれ手がベタベタだ。


 彼女は何やら声を掛けてくれるが、私は耳を傾けず一目散にその場を後にする。

 そして境内の裏手にある、特に人気のない水場で、蛇口から水をひねり出した。


「おっぱい……」


 私の胸には秘密がある。

 なんとか今の学校内では隠し通せている……はずだが油断はできない。

 頼むからそのままずっと大人しくしていてほしい。


『――あの女人の言うとおりだ。絶花は己のおっぱいに自信を持つべきだ』


 すると胸が光って声が聞こえてくる。


「なんで言ったそばから出てくるの天聖!」

『そろそろ出てきてほしい頃合いかと思ってな』

「そんな頃合いは一生来ないよ!」


 天聖が相変わらずおかしなことを言う。あなたは夏休みどころか年中休みでいいよ。


『さて。こうして出てきたのは他でもない』

「あの、いま仕事中だからさ、おっぱいの話はしなくていいからね」

『おっぱいについて語るには時間が足りない。オレは警告だけしに来たのだ』

「警告? 水分補給はしっかりしろみたいな? ラムネ飲んだよ?」

『そこまでお節介なことは言わない。しかし体調管理ができて偉いぞ。さて本題だが――あの娘が言ったように、どうやら妖の者が近くにいる気配がしてな』


 え、それってまさか、櫛橋さんの言ってた謎の妖怪のこと?


『この人気ひとけのない場所にきてようやく察知できた。かの者は近くに潜伏している。絶花の感覚すら欺くとは相当な手練れと伺えよう』

「……戦力は?」

『不明だ。戦闘に発展することに備えオレはこうして起きたわけだ』


 そうだったんだ。

 おっぱいについて語りたいだけなのかと思ったよ。


『もう少し奥に進んだ、地下らしき場所からかすかに気配がある』


 地下? 地中ってこと? だから私が察知できなかったのかな?


「……分かった。でもそんな詳細に教えてくれなくても……」

『あの娘と約束したのだろう? 謎の妖怪の正体を一緒に探すのでは?』  

「……それはそうだけど」

『行かないのか?』

「……………………」


 い、行きたくない、行きたくないけど……。


『もしかしたら大きなおっぱいの持ち主かもしれないぞ』

「それはどうでもいい!」


 しかし約束は約束だ。

 ここで退けば妖怪もまた潜伏場所を変えてしまうかもしれない。


「はぁ」


 ラムネ、もらっちゃったしな……。

 私は天聖をいつでも展開できるようにしながら、言われた奥の方へと足を進めることに。


「――お庭だ」


 そこにはよく手入れの施された美しい日本庭園があった。

 中心には大きな池があり、一本の橋がそれを跨いでいる。

 周囲には木々が生い茂り、日差しを遮ってくれるおかげで少し涼しい。


「……地中って言われたって」


 天聖はそれなりに察知ができるが、かといって索敵に特化しているわけでもない。

 実際に妖怪がどこに潜伏しているか詳しいことは分からないのだ。

 

あとは文字通り、私の目で探すしかない。

 本当に地中にいるとすれば、そんな簡単に見つかるわけ――


「……ない、はずなんだけど」


 橋を渡っていると、池の中に数匹の鯉が泳いでいるのが見える。

 そんな中、明らかに人型の何かが池の中に横たわっていた。


 しかも呼吸をする生き物らしい。竹製の細いストローのようなものを口に咥え、その先端を水中から外に出すことで、呼吸をしているようだった。


「…………」


 どうしよう。本当に何かいた。地中じゃなくて水中だけど。

 すると一枚の葉っぱが落ちてきて、ストローの上にちょうど乗ってしまう。

 空気の流入口が押さえられたせいか、人型生物は何度かすぅすぅと激しく吸い込んでいるが、当然空気は入ってこないわけで――


「っく、一体なにで詰まってん……あぁ、葉っぱかいな」


 しびれを切らして、謎の生物が上半身だけ池から起こす。

 そしてストローを塞いでいた葉っぱを手で払った。


「……河童だ」


 と、その姿を見てつい私はつぶやいてしまった。


「「あ」」


 河童と目が合った。

 お互いしばらく無言だったが、河童はゆっくり目を伏せると、何事もなかったかのように再び池の中に潜ろうとする。


「さ、さすがに無理がありません……!?」


 なかったことにできるような状況ではない。

 河童もやはりバレたかという表情をして、今度は全身を勢いよく飛び上がった。

 池から水しぶきが舞い、私と向かいあうように橋へ派手に着地する。


「ふふ、まさか、ワイの隠形術を見破るとは」


 見え見えだったがしかし、天聖が助言をくれなければ分からなかったのも事実。

 水中にいる条件でのみ、潜伏のレベルを数段階上げられるのか。


「あ、あなたは、一体、何者なんですか……?」

「河童や」

「そ、それは見れば分かりますけど……」

「ここで近々祭りがあると聞いてな。マーケ……じゃなくて、ええっと、ちょびーっとだけ調査をしとったんよ」


 調査? 一体祭りの何を調べようと?

 問い詰めるべきか、それとも刀を抜くべきか。

 少なくとも敵意は感じないが……。


「――宮本さん!」


 すると遠くから声がした。

 きっと帰ってこないことを心配したのだろう。

 櫛橋さんが走ってこちらへ向かってきていた。

 しかも河童がいると理解して、懐からお札のようなものも出していて――


「あれま。こんな所まで追ってきよったかあの娘さんは」

「あ、あの、河童さん――」

「ワイの仕事はあくまで調査。今日はこれでとんずらさせてもらうで」


 河童は煙玉を下に投げつける。辺り一帯を白い煙が覆う。


「――祭りでまた会おうや」


 そうして河童は消えた。

 彼にもし次会えるとしたら、それは祭りということになる。

 この夏祭り、一体なにが起きようとしているんだ――!?


《つづく》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る