第3話 櫛橋静希

 先生から奉仕活動――夏祭りの手伝いを命じられた日。

 私も櫛橋さんもそれを了承して、その場は一旦解散となった。


「レポート用紙、忘れてた……」


 参加応募のための書類と睨めっこしていたせいだろう。

 今回の活動を記録するため渡されたレポート用紙を、教室に置いてきてしまった。

 私はすぐさま校舎内に戻ったが……。


「あれ、櫛橋さん、まだ学校にいる」


 同じクラスなので下駄箱の場所も近い。

 櫛橋さんの所に、綺麗に揃えられた靴が残っている。


「……な、なるべく気配を消してこう」


 もしかしたら、あの後輩さんたちとお喋りでもしているのかも。

 なにより出会い頭に気絶されてはたまらない。

 人目を避けて生きてきたので目立たないのは得意である。


「――そう――やはり妖――」


 ひっそり教室に近づくと声が聞こえてくる。


「――今回も――祭りに――」


 この声は……櫛橋さん?

 誰かと会話をしているようだが、なぜかその話し相手の言葉は聞こえない。

 もしかして電話中だろうか?


 電話が終わるまで待つべきかと悩むけど……。

 でも私は櫛橋さんとお喋りしに来たわけではないのだ。

 ささっと入って、ささっと用紙を持って、ささっと立ち去ろう。


「……す、すいませーん」


 なるべく音を立てないよう、邪魔をしないように扉を開ける。


「「え」」


 私と櫛橋さんの声が重なった。

 櫛橋さんは電話をしていたわけではない。

 また後輩と談笑をしていたわけでもなかった。


 なんと表現するべきだろう。

 彼女は手のひらに浮かべた小さな竜巻――風と会話、、、、をして、、、いたの、、、である、、、


「…………」


 幻覚だろうか。

 いや、彼女の手には、確かに高さ二○センチほどの風が渦巻いている。


 しかも風には意思のようなものがあるらしい。

 いきなり登場した私に風は驚いたらしく、『!』という記号に形を変えている。

 こういう時、私が取るべき行動といえば――


「へ、へぇ、最近は風の形をした携帯なんかあるんですね。ふ、ふしぎだなぁ……私もほしい……ようなほしくないような……じゃ、じゃあ私はこれで! お邪魔しました!」


 逃げる! こういう不可思議な存在には関わらないのが最善である!


「――待った!」


 ガシッ、と櫛橋さんに手をつかまれる。

 なぜだろう。夏なのに冷たい汗が出てきた。


「わ、わわ、私……えっと、そう、いま喉が乾きすぎて喋る力がないといいますか。一刻も早く水分を補給しないといけないので帰りたいといいますか……」


 逃げたい逃げたい逃げたい。

 しかしそんな私に、櫛橋さんは一転して満点の笑顔を向けてくる。


「ちょっとだけお喋りしよっか」


 ニコニコと笑いつつ、その細腕はどこにそんなパワーがあるのかというぐらい力強い。


「――ジュース、奢るからさ」


 こうなるともう手遅れだ。

 私はまたトラブルに巻き込まれるんだと、うなだれつつ頷くしかなかった。


「――お水で良かったの?」


 私のミネラルウォーターを見て櫛橋さんはそう告げた。

 彼女は茶色い炭酸飲料をごくごくと飲みながら言う。

 櫛橋さんってコーラとか飲むんだ意外……とか失礼なことを思いつつ。


「お、お心遣いありがとうございます。それから奢っていただいて……」

「そんなにかしこまらないでよ。別に買収しようってわけじゃないし」


 毒も入ってないよと冗談っぽく言う。


「でもまさか、宮本さんがアレを視える人、、、、だとは思わなかった」

「あの小さい竜巻、みたいなものですか?」

「正確には風の精霊の集合体。情報収集をしてもらって報告を受けてたの」


 精霊というと、どこか西欧的なイメージがあるが、櫛橋さんは日本人ながら体質的に精霊術の方が向いていたとか。併せて五行や霊獣が云々と説明もしてくれるけど……。


「精霊……それで喋れる竜巻……す、素敵ですねぇ……」


 はい。正直言ってよく分かりません。

よって、いつも以上につまらない感想しか出せなかった。


「単刀直入に訊くけど」


 櫛橋さんは真面目な目つきで。


「宮本さんって、こっち側、、、、の人間?」


 あぁ、なにやら物騒な単語が……ひとまずは黙って話を聞こう。


「こっち側、とは……?」

「いわゆる教会とか結社とかに所属していないの? 精霊も落ち着いてるから、まさか宮本さんが人外でしたなんてオチはないと思うけど」

「私は、ボッチなので、どこにも所属なんかしてないですし、人外……とかでもないです」

「じゃあ魔法とか妖術とか陰陽術なんかも使えない?」

「ま、魔法? 妖術とか陰陽術やらも使えないですけど……」


 本当は異能と呼んでいる力を持っているものの、彼女から「異能は持ってる?」とは聞かれてないので答えないこととする。

 とんちではない! これは危機管理に基づく最善手である!


「じゃあ本当にただ視えるだけの人なんだ……」

「そ、そういうことです、かね?」

「でも実際、目が良すぎる人っていうのは一定数いるって話だし。ほら、よく幽霊が見えたとか、妖怪に化かされたとかいう話が昔からあるでしょ? 普通の人間であっても超現象に遭える人は珍しいけどいないわけじゃない」

「は、はぁ」


 としか相づちできないけど、どうやら一応は一般人の枠に収めてもらえたようだ。


「なら少し珍しいだけの普通な私は、そろそろ帰らせてもらって……」

「宮本さん。あなたにお願いしたいことがあるんだけど」

「帰らせてもら……」

「お願いがあるの」

「かえ……」

「お願い!」


 う、う、近い、どんどん顔を近づけてきた。

 端正な美貌にも臆すが、なによりおっぱいをそんなに寄せられると……。


「実は、今この町の祭りに、大きな危機が迫っているのよ!」

「ま、祭りに危機?」

「今度わたしたちが手伝いに行く祭りもそう。謎の妖怪が狙っているらしいの」


 謎の妖怪……なんですかそれ?


「ただその妖怪は隠れるのがとても上手くてね。しかも今のわたしの立場的に頼れるような協力者はいなくて――でも、宮本さんという視える人がいることを知ったわけで」


 謎の妖怪を発見できず、困っていたのだという。


「私はその妖怪を見つけて、人に危害を与えるようなら退治しなくちゃいけない――それが櫛橋家の役割だし、本家から任された仕事である以上は絶対完遂なんだ」


 そこでどうせなら、と。


「もちろん報酬は払うし、今後もし宮本さんが視えすぎるせいで、何かトラブルに遭ったらわたしが助けに行く。だから――」

「だ、だから?」

「お願い! 妖怪を探すのを手伝って!」


 私の夏休みは、留年危機からお祭りの手伝い。

 はたまた妖怪探しへと、奇想天外の軌跡をたどるのだった。

 

……もしかして、友達作りするどころじゃない?


《つづく》

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