第2話 特別夏期講習
呼び出された教室に行くとまだ誰も来ていないようだった。
時計を確認すると、指定された時刻まで少し猶予がある。
やったぞ私、今日はちゃんと時間通りに来れた!
「余裕のある登校、素晴らしい……」
普段はどうしても遅刻気味の自分である。
もちろん私は遅刻する気なんてない。
だけどいつも何かしらのトラブルに巻き込まれてしまい――
「そういえばご先祖様も遅刻魔で有名だし……」
もしかして血筋? 遅刻って遺伝するの? 後でお祖母ちゃんに聞いてみよう。
「――宮本さん?」
すると扉が開けられ一人の生徒が入ってくる。
「櫛橋さん……?」
なんとその人物は、先ほど会ったばかりのクラスメイトだった。
「宮本さんも先生に呼ばれてたんだ」
「……はい」
「隣、座ってもいい?」
「……ど、どうぞ」
櫛橋さんは躊躇うことなく私の隣席に座る。
彼女も宮本絶花の噂は知っているだろうに、怖くないのだろうか?
優等生然としているが、意外と肝が据わっているのかもしれない。
「ごめんなさい。さっきは後輩の子たちがひどいこと言って」
「ひ、ひどいこと……?」
「百人斬りだとか、関わらないほうがいいだとか。ちゃんと注意はしておいたから」
「あ、あぁ……皆さん揃ってそんな感じなので、いまさら気にしてないですよ」
ぎこちなく親指を立てた私に、櫛橋さんは困惑しつつ感心という不思議な表情。
でも気にしないって……この環境に慣れてしまった自分が情けないよっ!
「――ところで、宮本さんは呼び出された理由って知ってる?」
会話が切れそうになると、櫛橋さんがそう話しかけてくれる。
「いえ、聞いてないです」
「そうだよね。ただなんとなく見当はつくけどさ」
「……?」
見当がつく? 私にはまったく心当たりがないよ?
櫛橋さんと私に、共通していることなんてあるだろうか……。
「……あ。もしかして櫛橋さんも百人斬りを?」
「してないよ!? わたしにもそんな噂あるの!? というか本当に百人斬ったの!?」
彼女は「嘘だよね!? 冗談だよね!? わたし目立ってないよね!?」と信じられないほど慌てている……何か見られて困ることでも? 本当は危険人物とかないですよね?
「――時間通りに揃いましたね」
そんな疑問を深掘りする暇はなく、ちょうど担任の女教師が教室に入ってくる。
部活の指導をしていたのか、ジャージ姿で首にはホイッスルがかけられている。
「……わたしと宮本さんだけみたいだね」
小声で櫛橋さんが喋りかけてくるので、私はそうみたいですねと無言で頷いた。
「お二人をお呼び出したのは他でもありません」
先生は眼鏡をクイッと上げて神妙な口調、しかし思ったよりも緊張しない。
なにせ隣に優等生の櫛橋さんがいるのだ。滅多なことにはならないだろう。
「櫛橋さん、宮本さん」
教卓についた先生は、ごほんと咳払いして告げる。
「――お二人、留年です」
え? え!? ええええええええええええええええええええええええ!?
「……あちゃー」
櫛橋さんはやっぱりかという表情で額を抑えている。
「りゅ、留年……?」
状況を飲み込めず、そのまま言葉を繰り返してしまう。
「まずは櫛橋さん。二年生になってから欠席が多すぎます。ご家庭の事情があるとは伺っていますが、それを考慮してもさすがに出席日数が足りません」
学校で人気者の櫛橋さん、彼女が休むとその度に皆が話題にする。
それこ友達のいない私にも聞こえてくるぐらいに。
櫛橋静希が休みがちなのも公然の事実となってしまっている。
家庭の事情があっても、教師陣もそれを無かったことにするのは難しかったのだろう。
「そして宮本さん」
先生の視線がこちらへと移る。
私は櫛橋さんと違って毎日学校に来ていた。
これでも身体は丈夫なので、風邪もほとんどひかないのだ。
よって先生の手違い勘違いという可能性もまだ捨てきれない!
「――遅刻しすぎです」
なるほど。どうやら手違いでも勘違いでもないらしい。
「一限目の授業単位が軒並み足りません」
「て、テストはちゃんと受けてます……よ?」
「たとえテストが良くても授業の出席は必須です」
「で、ですよねぇ……」
だけど心の中ぐらいでは言い訳をさせてほしい。
遅刻は私のせいじゃなくて、次々と降りかかるトラブルのせいなのだ。
事件や災厄が意思をもったように私に寄ってくるのである。
「そもそもなぜ遅刻するんですか?」
う、やっぱり聞かれるよね。いつものように誤魔化せる雰囲気でもない。
直近の理由だと妖怪だろうか。終業式の日には天狗に襲われて遅刻してしまった。
「それはその……えっと、妖怪のせい?」
良い言い訳が浮かばず、思わずそのまま口にしてしまう。
そういえば今朝も、周囲に妖気らしきものを察知したが、当然無視して学校に来た。
襲われる分には対処するが、自分から行くことはそうない。
「ふざけないでください! 小学生じゃないんですから!」
しかし私の妖怪発言が戯言の類いだと思われたらしい。
隣の櫛橋さんも目を少し鋭くしてこっちを見てくるし。
「とにかく、お二人はこのままでは留年です」
そこで、と先生は続ける。
「今回は特別夏期講習を用意することにしました」
「「特別夏期講習?」」
私と櫛橋さんの声が重なる。
「教師陣としても留年する生徒を出したくはありません。といって強引に進級させれば内申にも響く。そこで夏期講習を受講することで、不足単位を補おうというわけです」
教師たちも、自分たちの受け持つ生徒が留年というのは外聞が悪い。
私たちは先生に評価されるけど、先生たちだって他の大人に評価されるのだ。
「じゃ、じゃあ、毎日ここで、勉強なんですか……?」
おずおずと私は手を上げて尋ねる。
事情が事情なので腹はくくるが、それでも夏休みに毎日学校へ行くのはつらい。
私としても友達作りという壮大な計画があるのだ。
「来校してもらう必要はありません。あなた方には外部で講習を受けてもらいます」
先生は一枚のポスターを黒板に貼った。
「夏祭り……」
「……ぼ、ボランティア、募集?」
どうやらお祭りの設営係や誘導係などを募集するものらしい。
場所は学校から徒歩一五分ほど、
そういえば小さい頃、お祖母ちゃんに連れて行ってもらったような記憶がある。
「なんでもスタッフの数が集まらなくて大変困っているとか。そこでお二人にはここで奉仕活動をしていただき、最後にレポートを提出することで、進級への単位とします」
毎日勉強かと思ったが、お祭りの手伝いであれば、事前準備を含めても数日だけ。
人前には出なくてはいけないけど……正直悪くない内容だ。
「学校は地元住民と仲良くあるべきですしね」
なるほどと櫛橋さんは頷く。まぁ付き合いの面もあるんだろう。
「そういう事情もあります。それに私たち教師は夏休みにも色々と仕事がありますから。そこで学校に来て毎日教鞭を執るなんていうのはとても……」
先生たちにとっても、この夏祭りは渡りに船ということだ。
「救済措置みたいなものだと思ってもらえれば――参加、しますよね?」
私と櫛橋さんが視線を合わせた。
たった数日とはいえ、夏祭りを手伝えば単位がもらえる。
これは留年を回避できるまたとないチャンスだろう。
「「やります!」」
というかやるしかない。
ただでさえボッチなのに、来年に後輩たちと同じクラスになるなんてどうなるか。
考えただけで恐ろしい。きっと本気で不登校を考えるだろうな。
「それでは二人とも参加ということで」
「もしよければ先生もご一緒にどうですか?」
櫛橋さんが人の良い笑みで、あははっと冗談っぽくそんなことを言う。
「先ほども言いましたが、私も色々あって忙しいので」
「あ。もしかして彼氏ですか!?」
「………………違います」
謎の間があったような。色々って部活の顧問のこととかじゃないんですか。
「そうですよね。失礼な発言をしました。先生は学校のことで忙しいんですよね」
「わ、分かってもらえればいいんです、はい」
というか櫛橋さんって恋愛話とか普通にするんだ。
絵に描いた優等生というイメージだったが、やはり根は年頃の少女なのだと感じる。
「ちなみに夏祭りに先生は浴衣着る派ですか?」
「着ますよ。櫛橋さんは――」
こうして先生と親しげに話すのも、まさに女子中学生といった雰囲気だ。
一生関わることのない相手だと思っていたけれど……案外そうでもない?
「色とか柄ってどうやって選びます? やっぱり彼氏さんの趣味に合わせたり?」
「そうですね。一番は彼に喜んでもらいたく――って、あぁ! 違います違います!」
まさに不意打ちの一撃を放った櫛橋さん。というか先生の自爆?
「絶対に言わないでくださいよ!? 噂になったらお二人は留年させますからねッ!?」
櫛橋さんは元気よく返事しているが、いつの間にか私も同罪扱いである。
ということで、これが私の夏休みの幕開け。
留年を回避するために、私たちは奉仕活動をすることに。
そして先生が彼氏持なことを、墓場まで持って行くことが決まったのだった。
《つづく》
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