第6話 Mission トイレ

 午前中、僕はいつもの通り受験じゅけん勉強中。お金の節約せつやくのため予備校よびこうには行っていない。浪人生ろうにんせいの僕に休みは無い。新米家族しんまいかぞく坂井さかい千里ちさと通称つうしょうチーは昼寝、いや朝寝中。


 可愛い顔して、すぐそばで寝息をたてている。

(そういや、ロクセットも日中はだいたい寝ていたな)


 お昼、ばーちゃんがごはんを用意してくれる。

「いっただきまーす♡」


 チーは柴犬の時は1日2食だったが、人間になったらお昼ご飯を食べることができて上機嫌。


 午後、再び僕は受験勉強。チーは午後寝。やっぱり可愛い顔をして、寝息をたてている。これでいいんだろうか? 人間になったからには学校へ行くか、働くかしないといけないのではないだろうか? 戸籍こせきとか健康保険けんこうほけんとかどうしよう。悩みがいろいろ浮かんでくる。でもふさふさした尻尾を見た瞬間思った。(こらあかん。公的手続きは無理だ)


 夕方、チーが目を覚まして、おもむろに言った。

「浩介、散歩さんぽの時間だよ」


 そうだ。ロクセットは早朝と夕方に二回散歩に行っていたんだ。

「ああ、そうか。行くか」


 僕はチーとの初めての散歩に少し不安を覚えたが、朝と違って服装はちゃんとしているし、チーも話が通じるので、大丈夫だろうと思い直して、散歩に出発した。


 チーと僕で並んで歩く。ロクセットの散歩と違って楽じゃん。普通に兄妹で歩いているようなものだ。近所の人に見られたら冷や汗がでるが、どうせ彼氏、彼女と思われるくらいだ。実際、ほとんど近所の人とは会わないし、それよりも僕は可愛い女の子と並んで歩けて単純に嬉しかった。


 しかし平穏へいおんは長く続かない。事件は間もなく起きた。小さな公園に差しかかった時だった。


「浩介、ちょっと……」


 チーが立ち止まって、なにかもじもじしている。その恰好を見た瞬間、さっした。(こいつトイレだな) 正解! 僕は自宅に帰ることにした。


「ああ、わかったよ。家に戻るか……」


いやっ」


「え? いや?」


「うちでするのは嫌なの」


 なんでだよ~と思ったが、ロクセットの事を思い出した。彼(オスだった)はトイレトレーニングがうまくいかなくて、家の中ではせずに散歩の時にトイレをすますのが普通になってしまった。僕はエチケット袋や水など後片づけ用のグッズを欠かさず持ち歩いていた。


「チー、今は人間なんだから家のトイレでしなきゃだめだよ」

「うー、もう我慢がまんできない」


 どうしよう。さすがに、この辺でさせる訳にはいかない。


「うーん、どうすっかな。足上げてやらないよね?」

「それは大丈夫。それから小だけじゃないの」

「え”」


 ひらめいた。

「コンビニがすぐそこだからコンビニに行くか?」

「いいよ」

 二人でコンビニエンスストアに駆け付けた。


「チー、やり方わかるよな? 終わったらちゃんとトイレットペーパーでくんだぞ」


「拭くの?」

「拭くの!」

「何を?」

「何を???……お尻だよ」

「分かった。お尻を拭くのね」

 

 あやしい。ちゃんとわかっているのか? チー。


「それから最後にはボタンかレバーを押して水で流すんだぞ」

「?」

「……教えるよ」

 僕はトイレの中で最初にチーにやり方を教えた。


 チーが用を足している間、僕は外で待った。一応パンを1個買う。トイレを借してもらった、ほんの感謝の気持ちだ。


 ―― ガチャリ


 チーがトイレから出てきた。少し神妙な顔。


「無事、終わった?」

「うん」


 僕は少し心配になって、トイレの中を見に行くことにした。


「あ、流してないじゃん」


 すると、突然チーが走ってコンビニの出口に向かった。僕は急いで流してから後を追いかける。思い出した。ロクセットは用が終るとダッシュでその場から逃げるくせがあった。僕はいつもリードを必死に引っ張りながら、後処理をしていたものだ。


 チーはすぐにつかまえることができた。僕が追って来るのを待っていたのだ。ロクセットの時と同じだ。


「チー、流さなきゃだめって言ったじゃん」

「ごめんなさい。つい……」


 犬の時の癖で逃げる方に頭が行ってしまったようだ。


「お尻はちゃんと拭いたよね? さすがにそれはチェックできないから」

「うん。拭いた。大丈夫だよ」


「えらいぞ、チー」

「えへ」


 チーはめられて嬉しそうだった。犬は褒めるにかぎる。


「チー。うちのトイレを使う練習をしような」

浩介こうすけ、わかった!」


 二人で仲良く家まで帰った。終わりよければすべて良しだ。

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