第7話 Mission お風呂

 その日、夕食も無事とどこおりなく終わった。

 食べたあとは一休み。あー今日は疲れたなあ。

 チーものんびり転がっている。あー、腹出すなよ。ヘソ天だよ。


(注:飼い犬の中には仰向けになっておなかを見せ、さすってさすってと飼い主にせがむ犬がいる。おなかを上にするのでヘソ天と呼ばれる)


 ちらちらとこちらを見る。

(おまえなー、今は女の子だぞ、女の子のおなかをさすれるかってーの。変態じゃん)


 ちらちらとこちらを見る。

(そういえばロクセットはしつこかったな~ しばらくさすれってせがまれた)


 ちらちらとこちらを見る。しゃあねえ。ばーちゃんに頼むか。


「ばーちゃーん。ちょっと来てくんない?」

「おふろいたよ。春樹はるきさん💢」


 ばーちゃんの声のトーンが低い。(はっ、そうだ、今のばーちゃんに、『ばーちゃん』は禁句きんくだった) あんじょう、ばーちゃんはいきなりおこり出した。


「どうして春樹さんは私のことを『ばーちゃん』って言うんですか? 私まだ若いのに失礼です」


 ばーちゃん。あなた若くないよ、年だよ(泣)。ここはあやまるしかないか、トホホ……


「申し訳ありません。お義母かあさん」

「あなたにお母さんって言われる筋合すじあいはありません。千里はあなたにあげませんよ」


 ばーちゃん。さすがにそのボケはわざとじゃないのか? 千里(母)と春樹(父)が結婚する前で同居している設定なの? 僕の気が狂いそうだ。止めてくれ。


「まあいいです。それで、春樹さん、大声で私を呼んで、一体何の用ですの?」

「あの、千里、いや千里さんのおなかをなでてあげてもらえませんか?」

「まっ。なんていやらしい。って、チーはいないじゃないですか」


 え? あれ? 本当だ。どこかに行っちゃった。


「春樹さん、それよりお風呂早めに入ってください」

「はい。わかりました」


 それよりチーって風呂は大丈夫か? 千里を探す。

 ――隣の部屋でくつろいでいた。満腹で満足の様子。

 チーが欠伸あくびをする。


「ふあーあ」


「おい、寝ちゃう前にお風呂入れよ」

「お風呂~? 何それ」


「えーと、シャンプーだよ。シャンプー! 時々ドッグサロンに行っただろう」

「シャンプー! やだ! れるのきらい」


「チー、人間は犬と違って汗をかくから毎日入らないとだめなんだよ。臭くなるよ。わかる?」

「本当? やだなー」


「犬の時と違って毛があまり無いから、体洗うのは簡単だし、お風呂は気持ちがいいんだぞ」

「うーん、じゃあ入るか」


「入ってこい」

「……うん、どこ?」


 お風呂を案内する。

「ここだよ。じゃあね」


 部屋に戻ろうとすると、脱衣所だついじょでぼーっと立ち尽くすチー。

「どうした?」

「どうすればいいのかわかんない」


 え、わからんのか?

「服を脱ぐんだよ」


「……」

 いきなり服を脱ぎ始めるチー。


「待て待て、ちょっと僕、外に出るから」


 脱ぎ終わった様だ。スタイルの良いシルエットがすりガラスのドアから見える。

 ただし、ずっとそのままで立っている。

「…… 💧」


 これは、どうしたもんだろう。

「あの~ ちさとさん?」

「何?」


「服を脱ぎ終わったら、お風呂に入るんだよ。わかるよね? そこに立ったままだと風邪ひくよ」

「どうすればいいかわかんない」


 こいつ、風呂の入り方、自分の体の洗い方がわからないのか。はー、どうする?

 僕が洗ってあげる……? 僕の中の悪魔あくまがささやく。いやいや、それをやっちゃあおしまいよ。――そうだ。ばーちゃんだ。


「あのさ、とりあえずそこにある大きなタオルを体にいておいて」


 僕はばーちゃんを呼びに行った。


「ばーちゃん!」

 ばーちゃんが睨む💢

「あ、ごめん。お義母さん!(面倒くさいなあ)」

「なんですか? 春樹さん」


「あの、千里さんがお義母さんと久しぶりに一緒にお風呂に入りたいんですって。お風呂で待っているのでお願いできませんか?」


「まあ、チーが? わかったわ」

 ばーちゃんが急に喜々ききとした表情で立ちあがった。


 ◇ ◇ ◇


 無事ばーちゃんがチーにお風呂の入り方を教えてあげたようだ。かなりばたばた格闘かくとうしていたようで大声が聞こえてはいたが何とか終わった様子。ロクセットを自宅で洗った時を想い出す。


 ばーちゃんは風呂から出てくるとげっそりとしていた。今度詳しく聞こう。


 「ばーちゃん、ごめん」

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